2010年05月07日

皐月の寒空、ライラックの雨

皆は楽しそうにしているけど私は楽しくないんだよ、むしろ嫌だなあ、という場合、嫌がっている本人は開き直ってさえしまえば別につらくはない。が、自分の子どもが皆がわいわいしている輪に入れなかったり入りたがらなかったりしているのを見るのは結構しんどい。いやものすごくしんどいかも。自分の事ほど容易に割り切れない。



日本人親子のための子ども会があって、妊娠中からとりあえず通った。途中から0〜3歳くらいまでの未就園児むけのサークルもできたので子が1歳を過ぎてからはそっちにも可能なかぎり顔を出した。異国で子育てをする以上、日本人の子育て仲間が一人でも多くいないことにはやっていけないと思って半ば義務のように通った。いやなことや戸惑ったこと違和感を感じたこともなかったとは言わないが、基本的にはみんな子どものことをきちんと考えているいい人たちばっかりで、仲の良いお母さん友達も何人かできて、子ども会以外でも家を訪ねたり招いたりするようになってそれなりにいい感じだった。子どもが1歳半を過ぎる頃までは。



言葉による意思表示を獲得した子ははっきりと「いや」と言うようになった。最初は「はい、ごあいさつの歌からはじめますよー」「いや!」「絵本読むよ」「よまない!」と言ってすみっこで一人で勝手に遊んでいるだけだったのだが、ここ最近は会場に足を踏み入れただけで火のついたように泣いて嫌がってドアにしがみついて離れようとしない。まるで歯医者にでも連れてゆかれる子のように。皆で動物公園に行くのはいい。仲良しのお友達の家に遊びに行くのも大好き。でも「せーの」でおゆうぎをしたり歌ったり紙芝居を見たりゲームをしたりするのは、僕は、いやなんだ。と力の限りに主張している。胸が痛くなるほどに。途方に暮れて立ち尽くしてしまうほどに。ガラスのドアの向こうでは息子と同い年の子どもたちがきちんと椅子に座ってニコニコと手拍子を売っている、その廊下で。



参加すること、参加する以上は楽しむことを義務づけられているような感じがいやなんじゃないの、子どもは基本的に枠の中で行動させられるのは嫌いだよ、と夫は言う。子どもに限らず、私だって夫だって自分達のペースで過ごしたいし、できるだけ気の置けない人と一緒にいたいし、そうでない人とはお互い気分が悪くならない程度のお付き合いができれば充分で、好きな子もそうでない子もいっしょくたにして、はい盛り上がっていきましょうねー!みんな仲良くしましょうねー!みたいな空気は大大大大大の苦手だ。苦手なんだけど。自分たちが進んでできないことを、愉快だと思えないことを、やっと2歳になったばっかりの子どもに押しつけてはいけないんだけど。でも。でもこの子に「本当に仲良しのお友達だけ大事にできればそれでいいんだよ、嫌なことはしなくていいんだよ」って伝えていいのか?それは正しいのか?親として人として?「いいから今すぐ声を大にして『行きたくなけりゃ行かなくてもいいよ』って言って泣いてる子を抱きしめてやれ!」と叫ぶ自分と「秋から保育園だっていうのに今からそんなことでどうする!それよりこの子が『嫌だ』と思わないで済む方法を探してやれ」と叱咤する自分が戦う。



週末は子ども会のバーベキューが予定されている。外は1週間以上続く雨で、道行く人はみな冬服、部屋の中は未だに暖房を入れずには過ごせず、天気予報によれば土日も雨だというのだが、最終的な決行の可否は当日の朝まで保留なのだそうだ。

ひっそりと雨天中止を願っている。どうせピカピカに晴れてたとしてもビールも飲めないし夫は仕事で不参加だからゆっくり肉焼いて味わってる余裕もなかろうしな、とふてくされているくせに、欠席の連絡を入れるのはどうしてもためらわれるひねくれ者の母である。
posted by YUKINO MATOI at 21:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 子日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月25日

「鋼のおチビさん」

近所の公園でたまにある撮影会。すっごい上背のある女子が『鋼の錬金術師』のエドのコスプレしてた。だめじゃん。
posted by YUKINO MATOI at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

とつくににて、つまり

この国の住人ではあるけれどこの国の人間ではなく
永住するほどの覚悟もないくせに生まれ育った国への一歩が踏み出せず
気楽だけれどどちらにもしっかりと足のついていないような
そんな感じがそろそろ嫌なんだよな、多分。
posted by YUKINO MATOI at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

とつくににて

ミナ・ペルホネンの長江青さんの日記を読んで衝撃を受ける。衝撃とは穏やかではないが、自分では起きているつもりで実は居眠りをしていて、はっと目が覚めたことに気づいて、全身がびくりと震えるような感触。存在は知覚していながらつぶさに検分することを避けていた違和感の正体に、否応無く目を開かされる。

たぶん昨夏の一時帰国あたりからであったろうと思う。

日本とドイツの逆転。

日本にいるときの気分は疑うべくもなく故郷にいるときのそれでありながら、同時に外国で見慣れないものと接した時の高揚感と限りなく同質のものである。

そして、初めてドイツにきたときの何もかもに対する目新しさは、日に灼けて壁紙が色褪せるように少しずつ少しずつ日常に埋もれてゆく。当たり前の風景になる。元の色がどんなだったか、思い出せないほどに馴染んで、いちいち気持ちが昂ったりなどしなくなる。

長岡に18年、東京に4年と少し、そのあとはずっとフライブルクなのだものな。地元の次に長く住んでいる街。

ああ、そうだ。
わたし、ドイツに来て最初の一年は、牛乳パックや小麦粉やお砂糖の当たり前の紙パックすら全部かわいく思えて、わざわざいろいろなスーパーを回っては何種類も何種類も買い集めて、それをいちいち写真に撮ったりしてた。
郊外のショッピングモールで、子どもが4人は乗れそうな巨大なショッピングカートを押して、カートンが詰まれた高い高い棚の間を行ったり来たりするだけで本当に楽しかったのだ。

今では日本に帰れば書店に行ったり洋服や小物を見て歩いたりするのと同じくらい、日本のスーパーマーケットが楽しい。普段目にすることのない野菜やお豆腐や魚やお菓子のずらりと並ぶ棚が、楽しくて楽しくて仕方ないのだ。

いいとか悪いとかではない、それは何かとても不自然なことのような気がするのだ。

6年前のような写真は二度と撮れない。少なくとも、今のままでは。
新しいものを見出そうとする努力なしに、ただただ目に飛び込んでくるものに次から次へシャッターを切っていた頃のような。

長江さんの写真は、6年前だったら「かわいい!」と叫んで駆け寄れたのに、今では見過ごしてしまうような、懐かしい既視感をまとったものたちであふれていた。
posted by YUKINO MATOI at 04:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月10日

はつこいのひと

パパとママの大事なお友達、猫田ヨヨさんは、ちびすけの(たぶん)初恋の人。会えば膝によじのぼって猛烈なキスをしたり、抱っこをせがんだり。ヨヨさんが遊びに来てくれている最中、ちびすけが具合を悪くして途中で寝込んでしまい、目覚めるともうヨヨさんは帰ってしまっていて、「よよさん、よよさん…」と熱で潤んだ瞳をふらふらと彷徨わせては名前を呼んでいたこともあった。電車の図鑑を眺めては「これ、よよさんと!(乗りたい)」とニコニコ楽しそう。好物のリンゴやイチゴをかじるときも「よよさんもいちごたべるー?」と思いを馳せることを忘れない。そして昨日、食事中に椅子からずり落ちそうに端っこに座っているので、真ん中に座りなさいよ、それともお隣に誰か来るの?と聞いたらすかさず「よよさん!」とのこと。両親としてはもう何も言わずただただヨヨさんが息子と仲良くしてくださるのをありがたく思うのみなのです。
posted by YUKINO MATOI at 14:25| Comment(1) | TrackBack(0) | 子日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月03日

きかんしゃトーマス:じこはおこるさ

児童合唱団が高らかかつ朗らかに歌い上げていますが大惨事です。
http://www.youtube.com/watch?v=O7g9sWWKSNQ
posted by YUKINO MATOI at 14:11| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自主規制 or not

いけません、と他者から禁じられることよりも、自分でいけない理由にちゃんと納得して自主規制をかけるほうが抑止力として当然強い。子どもを見ていて日々思うことでもあるし、自分で「食べちゃだめだなあ」と思うものよりも、医者に禁止されたもののほうが断然食べたくなる昨今の実感でもある。

ああ、生肉!生魚!生卵!今日の夜は牛丼なんだけど生卵かけたいよう!
カビのたっぷりついたとろとろチーズは加熱すれば大丈夫なのかな。
posted by YUKINO MATOI at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 考え事の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月31日

夫婦喧嘩と映画の話

ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル 『ハートロッカー』評 (mp3)

それを聴いた町山智浩氏が「それ基本的に間違いだよ」ってTwitterでつぶやいたことから始まった翌週のウィークエンドシャッフル

聴いていてこれほど身につまされたポッドキャストは未だかつてなかったかもしれない。何がつまされたって、「一度口に出して、最後まで言い終えてしまったちょっと前のこと」をネタにケンカすることのもどかしさと限りない不毛さ、である。うちの夫婦喧嘩の引き金は9割方このパターンです。
「僕そういう言い方はしてないです」「僕そんなつもりで言ったんじゃないです」「そういう意味で言ったんじゃないです」「いや、あの、だからそれは」の連続、聞き覚えありまくり。問題のポッドキャストは当然残っているとはいえ、いちいちそれを引用して再放送して確認するわけにはいかないものねえ。まして普通に私の場で言ったことなんていちいち記録が残っているわけもない。「なんであのとき○○だなんて言ったのよ!」「言ってないよ!つか言ったかもしれないけどそういう意味で言ってないよ!」「だってそういう風に聞こえたんだもん!」永遠に共有できない、お互いの記憶の中の印象だけを参照してくりひろげられる喧嘩、そりゃあ不毛なわけである。そして先に出した手を確認も訂正もさせてもらえない宇多丸さんのほうがどう考えても分が悪い。なにしろちょっと前のことなので、後攻には放たれた言葉に対し攻撃材料を揃えて作戦を練り上げてしっかり充電してから打ってでる時間が充分にある。だいたい町山さん、「一番問題なのはね」って一番の問題が5個くらいあった気がするよ?いったん出たからには言いたいことは全部どかんとぶちまけてから帰るぜこのやろう的なスタンスは好きですけれども。



『ハートロッカー』観てないので両評論の是非にはなんとも触れ難いですが、観た人一人一人の職業観を強烈に問いかけるエンディングであるのだろうなと思いました。
困難な状況下にあって己の職責を全うしようとする人の話、ということで『ホテル・ルワンダ』を思い出しましたが、ドン・チードルの演じた主人公のホテルオーナー、映画では穏やかで優しげな風貌の方でしたが、実際のオーナーさんは実はかなり強面で見るからにタフな方。でもこれでデンゼル・ワシントンなんかキャスティングしていたらあの映画、きっと台無しでした。無敵の英雄を描いたのではなく、人並みに臆病で小心で、度胸も腕っ節も傑出しているとはいえないごく普通の人が、暴力に晒された家族や隣人やお客様を、ホテルマンとして出来る最大限の努力の中、本当にぎりぎりのところで毅然と守ろうとする姿が人としてこの上なく美しかったから、あの映画は素晴らしいのです。町山さんの「事実と真実は違うんだよ」という言葉がここでも思い出されます。
posted by YUKINO MATOI at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月28日

ジャズ喫茶のマスター

Lynceus: ジャズ喫茶のマスター

Q16とQ17は、ジャズ喫茶(のマスター)を作家に、ジャズを小説あるいは文章に置換すると、そのまま現在の作家村上春樹の極めて真摯な態度として読める。それを青春の里程標や人生の価値基準と見なすのは多少の誇張であるかもしれない、ということを自ら認めた上で。
posted by YUKINO MATOI at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

かつての灯

三日続けて二度と叶わない夢を夢に見る。悲しくはない。毎年春になるたび、ただ繰り返し繰り返し思い出すのだろう。閉ざされた時間の中を。どこへも行けない道の上を。思い出す。ただそれだけ。きっと、何も起こらない。死ぬまで。
posted by YUKINO MATOI at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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