2010年08月13日

ハンバーグを食べない子どもなんて

「野菜ばっかり食べてないでカレーも食べなさい!」……自分の口から出た言葉に自分で呆然としてしまう。息子は野菜と果物と牛乳と大豆製品が大好きで、カレー、ハンバーグ、グラタンなどおよそ子どもが喜ぶ鉄板メニューと思われるものはあまり食べず、餃子は皮だけが大好物で具は残す。ジュースもほとんど飲まない。ただし気まぐれなので「どうせ食べないだろうから」と少なく用意したときに限っておかわりを要求したり、他所の家にお呼ばれすると急に嗜好が変わったりする。変なところにこだわりがあるのか、昨晩もカレーでそのときは今日よりは食べたのだが、ニンジンばかり拾って食べるものだから鍋の中がほとんど肉とイモだけになってしまい。なので今日はレンジでニンジンをチンして足してちょっと煮てから出したら「こっち(最初から入っているほう)はたべる。こっち(後から足したほう)はたべない」と綺麗に選り分けていた。



そんな息子が2歳4ヶ月にして初めて(アイスたべたい、とかりんごちょうだい、とか以外で)繰り出してきた欲しいもの、それは「ペンギン」。しかも「ジェンツーペンギンがいい」んだって。「お出かけしてお家に誰もいないときはペンギンはどうするの?」「おるすばん!(即答)」そんな返事をしているうちは生き物は飼いませんよ!
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2010年08月02日

喉の奥、額の裏側

やられたらやり返す、言われたら言い返すということが子どもの頃からどうしてもできなかった。というかやり/言い返して事態が好転した試しが記憶にある限りどこをひっくり返してもないので、できないし、よしんばできたとしてもスキルとして極めて不十分なので手も口も先に引っ込める癖がついてしまった、という方がたぶん正しい。その状態で30年近く生きてきたものが外国で5〜6年暮らした程度でできるようになるわけもなく、どんな悪態をつかれようが納得のいかない理屈を並べられようがしばし呆然と立ち尽くす他ないのが常。気がつけば事は疾うに過ぎ去っている。何が起こり何を言われたのかを理解し自分の非と相手の非とをはかりにかけた上で最適解を発声するまでに私は人の数十倍は時間がかかるらしい。そんなことではここでは一人前と看做されないだの罵詈雑言でも何でもいいから言いたいことを言わなくてはやってゆけないだのの忠告励ましの類は嫌というほど聞いたのだがしかし、何も変わらないし変われない。というかどこをどう変えたらいいのか、そもそも変えるべきなのか、努力の方向性がまるでわからないのでいつもいつも途方に暮れるしかないのだ。

公園で玩具の奪い合いに負けた息子が泣きながら走ってくる。「僕にも貸して、って自分でちゃんと言ってきなさい」「言えないのなら諦めなさい」言いながら本当に理不尽だと思う。どう育てたら自分の欲しいものをちゃんと欲しいと言い、手に入れるための手段を講じることのできる子になるのか、我を押し殺して耐えることばかりを身につけて欲しくない(自分自身が幼い頃に出来なかったこと、嫌だったことを子にどうやって克服させるか/それはそもそも克服すべきことなのか?という思考スパイラルは避けては通れないがものすごーーーくしんどい作業でもある)と考える一方で、欲しいものは欲しい、正しいものは正しいと声高に言えることのみが常に善きことなのか、言いたいことをぽんぽん言えない奴が間抜けでのろまで弱っちいだけなのか、考えていたら情けないことに家について座り込んだ瞬間ぼたぼたと涙が止まらなくなって困った。

さくさくと言いたいことを言っているようで軽率ではない人、きちんと核心を突きつつ言うべきではないことは決して口にしない人、憧れる。熟考してから口を開けば遅すぎ、たまさか心に浮かんだことをぽんと口にすれば迂闊すぎて後悔する。いつ何時でも瞬時に振り出せる、それでいて決していたずらに人を傷つけることのない匕首のような言葉が欲しい。
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2010年07月07日

旅のこと―ローマ、フィレンツェ

5泊6日でローマとフィレンツェに行ってきました。飛行機でたった1時間南へ飛ぶだけでピッツァもパスタもジェラートも何もかもが魔法のように美味い国、イタリアへ。ドイツのどんな田舎の小さなバーにも樽からサーバーで注がれた生ビールがあるように、ここではホテルの朝食バイキングにすらバリスタがいて絹のように泡立ったカプチーノを注いでくれる。



ローマは約4年ぶり。前回はクリスマスだったけれど今回は買ったそばからジェラートが滝のように溶け出す暑さ。赤茶けた岩肌に濃緑の松のコントラストに大理石の白、イタリアの三色旗の色。よほどの田舎に行かない限り21世紀であることを忘れられないドイツの風景と異なり、イタリアのそれは、目の眩むような陽射しも手伝って、ふいと時間を飛び越えられそうな気がする。丘の中腹、オリーヴの畑の中にぽつりぽつりと佇む白壁に赤い瓦屋根の眺めは、おそらくもう随分と昔からその姿を変えていないのではないのだろうか。



ローマではサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂と、サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂を見学。どちらもローマ屈指の美しい回廊があることで名高い。サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラはローマの中心街からは少し離れるのだけれど、海辺の街オスティアへ向かう路線が通っているのと、すぐ近くに一度行ってみたいとは思いながら本当に行けるとは思ってもみなかったリストランテがあって足を伸ばす。瑪瑙で作られた飾り窓に南国の光が差して美しい。
かれこれ10年近く前に買った雑誌に「本場」ローマのカルボナーラの話が載っていて、行ける日が来るとはゆめゆめ思わないながらもカルボナーラ狂いとしては読んでいるだけで涎の出る話で、なぜかドイツまで持ってきてしまっていたその切り抜きに載っていたお店に、今回はとうとう行ってきたのです。スパゲティではなく細めのうどんのようなもちもちの手打ちパスタに、炒めたベーコンと卵黄とチーズに少量のバターを絡めた「だけ」のシンプルかつ濃厚な味に言葉もなく。



フィレンツェは花のドゥオーモ、ウッフィツィ美術館とメディチ家の礼拝堂、サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会、ピッティ宮殿内にある衣装博物館を回る。とにかく蒸し暑い上に、人と車とバイクとでどこもごったがえしていて、くたくたでおそろしく不機嫌に過ごしてしまったけれど、そんな中でもドゥオーモの繊細な華やかさ、サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会の祭壇の濃密な空間、贅を尽くしたメディチ家礼拝堂の重厚さはくっきりと瞼の裏に焼き付ける。17世紀当時には金より貴重だったというラピスラズリがここでは瑪瑙や大理石に混じってふんだんに象眼や彫刻に使われていてくらくらした。ボッティチェリの金の繊細な線も、あれは印刷物や映像では絶対わからない。本当に行けてよかったと思う。
と、ここまでは基本的に夫と子守りを交代しながら一人ずつ観に入ったのだけれど、衣装博物館だけはドイツ対アルゼンチン戦と重なったために夫が途中で離脱して子と2人で入ることになった。博物館の入場券でピッティ宮の庭園も観られるので、いざとなったら衣装は諦めて庭で遊ぼうと覚悟を決めて子に「お城の中のたくさんお洋服が並べてあるところに行きたいんだけど、一緒に行ってくれる?」と聞くと、意外にも「うん」とのこと。で、入ってみると「これはかわいいの」「あおいのはきれいなの」「これはいや」「くろいのはかわいくないの」としっかり楽しんでいるではないですか。いやいやこれは嬉しい大誤算。しかし君はパパのサッカーじゃなくて?ママ寄りなの?そっちの世界に行くの?
その後、人気のないピッティ宮のボーボリ庭園の木蔭でゆったりと穏やかに過ごす。



観光名所になるようなカトリックの旧い教会は、基本的にどこも露出の多い服では入れない。本当はサンダルもだめ。でもあまり厳しいと夏にイタリアに来る観光客の9割以上は門前払いになるので、大きな教会の前では大判のスカーフを売っていたり、中で紙製のポンチョを配っていて、それで肩や太腿を覆えば一応OKということになっている。手術着のようなペパーミントグリーンのポンチョをひらひらさせた女性が行き交う大聖堂の中は奇妙な眺め。フィレンツェのドゥオーモを訪れたのはちょうどブラジル対オランダ戦のあった日だったんだけど、だからって黄色と緑のショートパンツ×タンクトップの上からブラジル国旗をマントにして羽織った女性には心からアンタそれは違うだろうと叫びたくなったよ。



去年夏休みらしい夏休みがなかった夫の「海行きたい」という要望と、おそらく第2子が生まれたらまたしばらく(帰省を除けば)長い旅行はできないであろうことから、行きたいけどまだ行っていないヨーロッパの都市が山ほどある中からフィレンツェを選び、それとローマ近郊の海とを組み合わせて夫がオーガナイズしてくれた(我々の旅は基本的にいつもそうですが)今回の旅行。ゆったりめの日程であったとはいえ、ぎらぎらと暑い中での都市間の移動、宿の移動は、子連れでも身重でもなくてもやっぱりくたびれるもの。ちびすけを連れての旅には慣れたつもりでも、あれがしたいここに行きたい、あれが食べたいこれは嫌と自己主張まっさかりになってきた息子を連れて、これまでのように「大人向け」の美術館巡り史跡巡り中心の旅をするのは今回を潮にそろそろお休みだな、と思いました。今までは基本的に親の行きたいところを優先しつつ、合間に公園や動物園や子どもの好きそうな場所を織り込むことで折り合いをつけていたわけですが。旅の最後はオスティアの海辺に面したホテルで、出発の朝、桟橋を散歩しながら「ずーっとうみであそぶの、かえるのいや」とつぶやく息子を見て、これからは子どもが目一杯遊べることが旅の最優先事項だなあ(何を今更、と思われるかもしれませんが)、そして2人目が産まれて1〜2年のうちには日本に引き揚げるつもりでいることを思えば、何日かかけてヨーロッパの美しい街並や寺院や城を堪能できる旅行はこの先もう何年も何年もないかもしれないんだなあ、とかなり感傷的な気分になったのです。一生二度と出来ないわけではなし、旅の行き先や楽しみかたが変わるだけのことだといえばそれまでなんですが、これまでのように「次に来る時にはこことここに行っても一回あそこに行ってあれを食べてあれとそれを買って帰ろうね」とはもう気楽に言えないんだな。たぶん。ローマの朝市には行ってみたかったな。ヨーグルテリアにももう1回か2回は行きたかった。



でそんな旅の注意散漫からか、今回はこまごまといろんなものをなくしました。夫のMP3プレイヤー、サングラス、フィレンツェで買ったばかりの帽子、封を切ったばかりの子ども用ウェットティッシュ(ドイツの3倍くらいのお値段なのにー)、子ども用プラスティックのマグカップ。子連れの外出にはよくあることとはいえ今回はちと多すぎたな。



帰宅した今はせっせと蚊に刺された跡に薬を塗っています。夏のフィレンツェは蚊が多いからとは聞いていて、それならばと用意した虫除けに「妊娠中の方は使用しないでください」と書いてあることに現地で気づき、その場で妊婦対応の虫除けを探せるほどの語学力もなくて、夫と息子がほぼ無傷なのを横目に人柱のごとく刺されまくってきました、ええと全部で16か所ほど。妊婦でも大丈夫なアロマオイル処方のスプレーを教えてもらったのですが出発前に調べておくべきでした。前回の目薬に続きこんなものも使えないとはね。

2010年06月16日

savior sibling

救済者兄弟。
この世界にはどんな残酷な形の希望でも存在し得る、ということ。
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2010年06月06日

聖少女

たまさか紹介されて一日ドイツ・スイス観光ガイドを勤めさせていただくことになったご婦人が、倉橋由美子氏の幼馴染だったというレアな体験。思い出すと泣いちゃうから、と仰りつつ若い頃の思い出などいろいろ聞かせてくださった。ありがとうございました。
posted by YUKINO MATOI at 03:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月02日

お知らせ

子が、兄になります。10月には弟(おそらく)がやってきます。
なんとなく次は女の子のような気がしていたのですが全くの気のせいでした。



もうすぐお兄ちゃんになるんだよ、ということを朧げに、しかし確実に受け止めているらしい息子は、そのことを告げられてしばらくしてから「ちびちゃんもママの中にはいる」と、布団の奥深く、母のお腹のあたりにくるんと丸まって寝るようになりました。すまないねえ、君みたいな大きな子が入る場所はもうとっくにないんだよ、といいきかせつつ、とくとくと胎動の感じられるようになったお腹に長男がぺたりと頬を押し当てたまま眠ってしまう様を、掛け値なしにひたすら愛おしく思います。
posted by YUKINO MATOI at 05:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月19日

炎上

生まれて初めて間近で火事を見ることになった。路電に乗ろうと歩いていたら建物の向こうに真っ黒な煙が見えて、停留所のある交差点まで出たら改築中の旧大学図書館の屋根が炎を上げて燃えていたのだ。音も立てずにただもくもくと。化学物質の燃える重たい匂いがして、肌寒い日だったのに道の向こうから吹いてくる風だけが暖かかい。気がつくと交差点は人であふれていた。集まった人たちはみな一様に静かで、不謹慎に面白がるでもなく、無闇に怖がるでもなく。無表情に携帯カメラをかざしたり、電話をかけたり。図書館はおそらく少数の改装スタッフの他はほぼ無人で、中から逃げ出す人の姿もなく、交差点に集まった人たち(それも人混みと呼べるほどではなかった)と黒煙を上げ続ける図書館の最上階の他はまるで普段と変わらない、淡々とした光景。不思議だった。驚いた。30分後に路電から遠く眺めた時にはもう火は消えていて、下から見える部分にほとんど被害はなくて、交通規制の柵と数台の消防車がなければ何が起こったか全く気づかない人もいただろう、あっという間の白昼夢のような出来事だった。



子どもが一緒だったのだけれど、大好きなはしご車やポンプ車が大活躍している現場なんて実際に見ないで済むのならそれに越したことはないのだと思った。だいいち現場は危ないしな。



ところで妊婦が火事見ちゃうと痣のある子どもが生まれるんだっけ?「身籠ってる人がのこのこ火事見物なんか行っちゃダメよ」という戒めを込めた迷信であると思いたい。えーん。見たくて見に行ったんじゃないもーん。
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2010年05月15日

衣偏 その2

服を整理するたびいつもいつもいーーーっつも思うのは「夏服多過ぎ」ということ。暖房なしで過ごせる期間が1年の3分の1しかない国(この前計算してみて改めて驚いた。もう5月だけど今日も外で吐く息は白い)に6年も住んでるくせに袖のない服薄い服がやたらと多いのにいつも呆れてしまう。心動かされる冬物に出会うことが少ないせいもあると思うんだけど。だって着てみたいとか自分に似合う思う服がほとんど全部夏服なのだ。資料集やスケッチブックをめくってみてもこの格好で2月のベルリンを歩いたら死んでしまいそうな服しか載っていない。そして実際に作る服も圧倒的に袖のないもの短いもの薄物ばかり。冬仕様の服でこれぞと胸を張って世に出せるものはほぼ皆無に近い。単に夏が好きで夏服が好きというのみにあらず、「腕が動くといういちばん難しい部分から逃げている」という装苑賞候補者への山本耀司氏のお言葉に俺のことかと冷汗を流した人、挙手。
posted by YUKINO MATOI at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 考え事の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

衣偏 その1

自分で少しずつ服を選んで買い揃えたり作ったりしてコーディネートできるようになった10代前半の頃からかれこれ十数年以上、基本的にワードローブの組み立てが変わっていない。着古したものもう着ないものをまとめて処分して、では何を買い足そうかと考える時に選ぶアイテムにびっくりするくらい変化がないのだ。表面上はあれこれとっかえひっかえしているように見えて、基本的な構成要素は同じまま。ファッション誌のストリートスナップにはよくトップスは○○でボトムは●●、ミュールとバッグは××で買いましたとか書いてあるけど、私はいますぐあなたの外側にあるもの全部ひっぺがして見てみたい。あなたの財布やバッグや本棚の中身もブラウザのブックマークも全部裏返しにして、すっぱだかのあなたが何を身に付け何を選び何を纏ったら今のあなたになるのか、それを見てみたい。教えてほしい。自分の外側にあるものをいっぺん全部放り投げてもう一度下着から靴下からことごとく選び直してみたい。それでも今と全く同じ格好になりそうな気がしないでもないところがなんともむずむずするのだけれど。
posted by YUKINO MATOI at 20:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 考え事の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月12日

世界の連鎖

高村薫『李歐』、宮崎駿『ハウルの動く城』、そして伊藤計劃『虐殺器官』は私の中で一つの問いにつながる。何を守り、何に背を向け、何を見、何に目をつぶって生きてゆくのか、という人生における態度の問題に。
posted by YUKINO MATOI at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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