2009年05月09日

今年の帰国ですが

6月24日成田着、7月24日成田発です。

1人で子を連れて飛行機に乗ります。
キティなしでキティの実家に1週間ほど滞在します。
フジロックに行けない夏にはもう慣れましたが
今年こそは観られると信じて疑わなかった長岡祭も断腸の思いで諦めました。

当初はこんな予定ではなく、あれもこれもと楽しいこと山盛りで欲張りな2か月弱の滞在になるはずが、諸般の事情とか事情とかが絡んで日程の変更を迫られるたびに何をしに帰るのかがどんどん判らなくなってきて、それでも孫または曾孫の顔だけはどうにか見せねばなるまいと腹を括って予約を入れた矢先、7月初旬にフライブルクにブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ(!)がやってくることが判明してのたうちまわり、さらに無二の友人の晴れ舞台がどうやら8月初旬らしいという話を耳にして、もう体中あちこちねじ切れそうです。こんな気持ちでフランクフルトにむかうのなんて初めてだよ、まったく。

親しかった人の訃報も続き、やり切れません。自分がいない間に日本で知己が亡くなっても悪い夢のようだとしか思えない。帰ってみてもただそこには「不在」があるだけなのだもの。過去に「存在」していた人がぽっかりといなくなっているという空しさ。見送れない人をどうして悼めようか。この目で確かめられないものをどうして悲しめようか。
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私は

一日のはじめかたを間違えたくない。
一日のおわりかたを間違えたくない。
時間の使い方を、間違えたくない。
正しく目覚めて眠りたい。

ただそれだけなのだが。
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2009年05月03日

星になる

遠く遠く離れたところへ旅立ってしまって
触れることや言葉を交わすことはおろか
消息を知ることすら出来なくなってしまうこと と

死んでしまうこと

とは

一体何が違うのだろう、と考えた。少し前に、ある映画を観ながら。

死後の世界なるものが
死生観が
弔いの儀式が
別れの言葉が
生者のためにあるものならば

遠くへ行ってしまった、と思うか
死んでしまった、と思うかは
遺された人間の決めることなのだろう。

彼が死んでしまったとはどうしても思えない私には
彼があちらで楽しく痛快にやっていると思うしかない。
比類なきロックスターは旅立ったのだ。
posted by YUKINO MATOI at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

こんな夜に

「雨上がりの夜空に」なんて口ずさんだら
鼻が真っ赤になるまで泣いてしまいそうだ。

忌野清志郎さん、もう一度ステージにたつあなたを観たかったよ。
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2009年04月30日

ゲームなんて

ゲームなんて。
それが難易度の高い、攻略に時間のかかるものであればあるほど
そんなもの子どものいない人がやるものだわ、という気がする。
一緒に遊べるほどには大きくない子のいる家
食事にせよ風呂にせよ排泄にせよその全てに手のかかる子のいる家では
ゲームなんてやるものではない、という気がする。

10年以上前に途中までやって放り出したFinal Fantasy VII(理由はチョコボレースがおそろしく下手で先に進めなくなったからです)をちゃんと最後までやろう、と急に思い立ち、始めてしばらくしたところで妊娠が発覚、あれこれの準備に追われるようにゲームをする時間はなくなってゆき、なにより妊娠中は本当に集中力が出なかった。長編の本も映画も時間のかかるゲームも全部だめ。もともと面倒なものは「せーの」で一気に片付けてしまわなければ成し遂げられない性格なので。

余暇にコントローラーを握るキティに、いいなあ、いいなあ、私もゲームしたいなあ、と繰り返す。優しいキティはやればいいじゃないと言う。いやだけど子が寝たら掃除して食器洗ってシャワー浴びてメール書いて写真も整理してああそうだそれに服、服作らなくちゃ。だから、そうすれば?家事ならやるし子の面倒も見るから服作りたかったら作ればいいしゲームしたかったらやればいいじゃない。ああ、だけどさあ。ゲームってそもそもそこまでしてやるものだったっけ?ねえ?

キティは子と公園へ、静かな午後、久しぶりに電源を入れるもどこまで進めていたのか思い出せない。やめようかな。もう。小1時間後、ようやくどこから手をつければいいのか把握する。記憶していたよりもずっとエンディングは近く、記憶していたよりもずっとクラウドたちは強かった。セフィロスと充分渡り合えるほどに。レアアイテムとかサブイベントとか根気の要る作業は端折る。YouTubeってこういうとき素晴らしいね。自力で取れないレアアイテムを使うシーンもちゃんと見せてくれるもの。というわけで無事ラストダンジョンまで辿り着きました。早く終わらせて仕事に集中しよう。ああ、ああ、ゲームなんて。だけど久々にテレビの前から動かず過ごして気持ちは昂るのです。明日は早起きして続きをやろう。楽しみ。
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2009年04月26日

聖地

フライブルクと愛媛県松山市とが姉妹都市なので
家の近くの公園の一角には立派な門構えの日本庭園があり
桜の季節の週末には国籍入り乱れた花見客でごったがえします。
一般に開放されていて、かつこのように凝った誂えの庭は市内にあまりないので
結婚式を挙げたカップルがここで記念撮影をする光景もよく見られます。

さらにここ、市内在住のゴスロリ愛好家たちの聖地でもあるのです。
ゴスロリの子=ほぼ100%日本大好きな子ですから。
今日は彼女らのサークルで撮影会があった模様で
レースの日傘をさしてつつじの植え込みの横でほほえんでは写真を撮り
玉砂利の上をストラップシューズで闊歩する女の子たちの姿が見られました。

なにしろここは西洋ですから
壁に蔦の這う古い洋館だのゴシック式の教会だの
天使の微笑む墓地だの廃城だのはいくらでもあって
「本家」日本のゴスロリ少女なら狂喜してそっちに行くと思うのですが
ふわふわのペチコートで純和風の空間にたたずむ女の子って
なんだかとても不思議な眺め。

何人かに1人は本当にビスクドールのように可憐にうつくしいので
私にも写真を撮らせてくれないかしらと思いながらすれ違いました。
今回は待ち合わせがあって急いでいたのが残念。
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そうこうのつま

菌系の話。

昨年末に念願の圧力鍋を購入したので
最近は月に1~2回ほど納豆を作っています。
一晩水に漬けた大豆を20分蒸して熱湯消毒したタッパに移し
お湯で溶いた納豆のねばねばを混ぜて24時間保温。
室温もしくは熱の出る家電の側に置いておく(ムトー情報)のでは
ちょっと不十分、というか心許ない。
レジャー用の保温ボックスに入れて
カイロとかお湯を入れたペットボトルで温めておくと
次の日には納豆になってます。
醤油と鰹節と昆布茶の粉を入れて食べるといい感じ。
ひきわりにして子ももぐもぐ。



キティはネギの、私はゆで卵のぬか漬けの虜になり
一日二回せっせと野菜を出し入れしては混ぜています。
ゆで卵はあっさりしてくせのないピータンのような味に。
ゆでた鶏ささみ、豚赤身の塊も美味。
子はただでさえ野菜好きのいい子なのに
ぬか漬けにすると金切声をあげてきゅうりやかぶを欲しがります。
なのでうちのぬか床はかなりの薄塩、鷹の爪なし。



まるっこい菌どもがわあわあ言いながら
せっせとかもしているところを想像しながら仕込みます。
もしもボックスがあったら
石川雅之による宮本輝『にぎやかな天地』のマンガ化が読みたいです。
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2009年04月24日

彼女の靴を履く

柵の外側から眺めることは容易い。
石を投げることも、黙ってそこから立ち去ることも。

例えば「乳児のおやつにカロリーメイトを食べさせてもいいですか?
ウィダーインゼリーは?」
という母親の話を聞く。
ご冗談を、と思う。一笑に付す。
自分が子を持ち離乳食が始まると次第に笑えなくなる。
食の細い子、食べる食べないの差が激しい子に
「せめて少しでも栄養バランスの取れた(ということになっている)ものを」
と願うその気持ち、痛いほどわかるのだもの。
市販のおやつを与えるとき、無添加だの国産原料使用だのの表示と同じくらいに
「カルシウム」「ビタミン」「ミネラル」等々の文字に、親は弱い。

子どもをハーネス状の紐でつないでいる母親に、友人は顔をしかめる。
犬じゃあるまいし、と。
この6月に1人で子を連れて飛行機に乗らなければならない私はそれを責められない。
待てず、じっとしていられず、走り回りたくてたまらず
間違っても迷子になってほしくないところで迷子になるのが子どもだから。
繋いだ手を離さねばならない場所だってあるのだから。
チェックインするその数分の間だけ
確実に子が自分の側にいてくれるのなら
そりゃあ紐でもなんでもつけるわよ!というその気持ち、わかります。

また親の罪悪感を和らげるかのように
ハーネス(とはそもそも呼びませんが)のデザインもかわいいんだな!
『ご近所物語』で翠ちゃんが買ってた天使の羽根のリュックみたいなのもあった。
名前も「迷子防止ベルト」とか。
「子を紐で繋ぐ」という行為が匂わないようになっている。

カロリーメイトは食べさせない。
おやつを買うときには成分表示とにらめっこ。
「迷子防止ベルト」も今のところ使わない。
繰り返す。肝に命じる。
柵の外側からならば
ただ眺めて感想を述べることも
石を投げることも無視することも容易いのだ。
posted by YUKINO MATOI at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

江國香織「災難の顛末」

新潮文庫『ぬるい眠り』に収録。
首が痛くなるくらい頷きたい。
こんなにも人事とは思えない話を読んだのは久しぶりで
立続けに2度読み、終わったあとはどっと疲れた。
自分と周囲とが薄い膜で隔てられてしまったとき
近くにいるはずだった人がまるで言葉の通じない相手になってしまったとき
「戻りたい」と願うのは膜に包まれる前の自分であって
膜の向こう側からどんなに「大丈夫だからこっちにおいで」と言われたって
何の慰めにもならないし、ましてやそちら側になど行けるわけないのです。
あなたは知らないのだもの。
私が息もできないほどびっちりとくるまれてしまったことを知らないのだもの。
こんなもの。剥ぎ取りたくて脱ぎ捨てたくて仕方ないもの。
「大丈夫」って一体何が大丈夫?
それは私ではなくあなたのことでしょう?
膜に爪を立てる努力すらしないで「いいからそのままこっちに来い」だなんて
死んでも言わないで!ていうかそんなこと言われるくらいなら私が死ぬ!



はー。
思い当たる節が多過ぎて主人公同様なんだか神経がすり減ったよ。



猫を飼っている人には薦めません。
猫好きだけれど猫は飼っていないという人は間違いなく飼うのをためらうでしょう。
体中、背中といい足といい胸といい首筋といい
布地に触れているところがとにかく全部ぞわぞわして、これは一種のホラーですら。
posted by YUKINO MATOI at 13:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月20日

ところで

世に出回っている離乳食のレシピ
「子どもの味覚を育てる」「食べる楽しみを」とか謳いながら
なんで大人にとっては罰ゲームでしか有り得ない組み合わせを出しますかね。

バナナの納豆あえとか!
ひじきのヨーグルトがけとか!
ノー!

マカロニやゆでたじゃがいもにきな粉をかけるのも驚いたけど
餅や団子にかけるのとどこが違うと言われれば、確かに。
九州ではうどんにきな粉をまぶして食べるという話も聞きました。



子は肉でも野菜でもむしゃむしゃ食べる強い子ですが
米は炊きたてでないと嫌がり、冷飯の温め直しはべっと吐き出します。
最近は少しずつ甘い菓子の味を覚え、ものすごい集中力でもくもくと味わっています。
全神経が舌に注がれてる感じ。ちょっと近寄り難くすらある。
ゆでた小豆をひとさじ口に入れてやったときの顔は忘れられません。
驚きと戸惑いと混乱と恍惚と満足とが全部混じった顔。
砂糖の甘さというものに人が初めて魅せられた瞬間。

子どもが一心不乱に食べ物を口に運んではかみくだす仕草って
なんでこんなにかわいいんだろう!
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批判ではないよ。応援です

小渕少子化相インタビュー
http://mainichi.jp/life/edu/news/20090329mog00m040010000c.html

なにをおいてもまず少子化相が自ら子を産み育てるというその姿勢にブラボー。
ただ、小渕さんにはなにとぞ頑張りすぎないで頂きたい。
体をいたわれだとか無理するなだとか
妊婦は子を育み無事産み落とすことに専念しなさい、とかいいたいのではありません。
「ばりばりに働きつつ出産育児もばっちりこなさなければ
 母としても職業人としても認められない、職責を果たしたとはみなされない」
という前例をどうか作ってほしくないのです。

毎日新聞のインタビュアーの姿勢からして「働くお母さん=大変なのが当然」なんだもの。
100人のお母さんがいたら100通りのマタニティライフがあり100通りの育児がある。
私の恩師は臨月まで産休をとらずに働き通し
仕事先からの移動中に産気づいて即入院
そのまま病院に企画書を持ち込んで出産
翌日にはスタッフを呼んで打ち合わせしたという猛者ですが
妊娠を報告した私への彼女のエールは「やりたいようにやりなさい」でした。
働きたかったら働く。休みたかったら休む。困ったら助けを借りる。
自分の子で、自分の体で、自分の人生なのだもの。
誰にも代わりはできないし誰も責任は取ってくれない。

「働くお母さん」を讃えるのとは別に
「働くお母さん」「働かないお母さん」どちらを選択してもそれが尊重されること。
意に染まない選択をなるべくしなくてもいいように。
涙を飲むお母さんが一人でも少なくなるように。
「働かないお母さん」の後々の職場復帰なども含めて。
そして「働くお母さん」になることへのハードルを可能な限り下げること。
小渕さんにはどうかこの方向で、日本の母の魁となっていただきたいものです。

たとえば家事も育児ももっと気軽に人手を頼めばいいと思うし
世のお母さんがヘルパーやベビーシッターを頼みやすくするために
初の妊婦閣僚として打ち出せる政策はいくらもありましょう。
あとご夫君は忙しいとか言ってないで育休を取るべきだ。

posted by YUKINO MATOI at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月14日

レンラクコウ

ところで先日書いたフェリシモの500色の色えんぴつですが
お友達と一緒に申し込むとしあわせ割りなるものが適用されるそうなので
欲しい人は一緒に買いましょう!メールください。
posted by YUKINO MATOI at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

期間限定

いつもいる人がいない時間。
初めての子と2人きりでの4日間は
驚くほど穏やかに過ぎてゆきました。
もっと苛立ったりくたびれたり行き詰まったりするものかと思ったけれど
朝6時に起きて夜10時に寝るまでの間
普通に仕事(少なめだけれど)して子と遊んで
3度の食事の支度(手抜き気味だけれど)をして掃除して
イースターの飾り付けを外して衣替えも少しずつ進めて
1日2回ぬか床も忘れずにかき混ぜたよ。



あれ?できるじゃん。



いつもは「だめなおかあさんだ」とぼんやり立ちつくしてばかりなのになあ。




いやいや、たまさかここ数日は子ととても波長があっていただけなのかもしれません。
子なりに父がいないことを察して振る舞っていたのだとしたら少し胸が痛みます。



それと、自分1人だけでお留守番し通せたとは思っていません。
友人各位に感謝。
これも子の人徳の為せる業ですね。





何に力を注ぎ、何を置いてゆけばいいのだろう。

置いてゆきたくはなかったはずのものをおざなりにしていたことに気づいて
慌てて取りに引き返す、なんて、いやなんだけど。

大事なものは全部持ってゆきたいのに。
posted by YUKINO MATOI at 19:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月27日

思い出

どんな内容の文章であれ、いつも穏やかで淡々としておられた伊藤さんが
珍しく語気を荒げて憤りをあらわにしたことがある。
さる8月のことである。

病に冒されぬ体には想像するより他ない。

必死だったのだ。
振り絞っていたのだ。
限りある、その一日一日を。
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2009年03月26日

ありがとう、さようなら

伊藤計劃さん、あなたの紡ぐ物語を私はもっと読みたかった。
なんて言っていいのかわからない。
あなたの生を誰がどう肯定しようと
あなたの命は奪われてしまった。

お別れです。
あなたが遺してくれたものを
あなたが標した生の軌跡を
大切に抱えて生きてゆきます。



ありがとうございました。



伊藤計劃:第弐位相
http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/
posted by YUKINO MATOI at 17:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月24日

しらしらと明けてゆく空を見上げながらキーをたたいています。
ガッチガッチとおそろしく大きな音で時を刻んでいた分娩室の時計を思い出しています。
出産が進みそうで一向に進まない中、夜勤の助産師さんが帰ってしまい
引継ぎに来た朝勤の助産師さんに
「このお産が終わるまでここにいさせてください」と宣言した
(のだそうです。私に気づく余裕はなく後でキティからそう聞きました)
助産師研修生のはりつめた顔を思い出しています。

長い長い夜が終わって、子が外へと進みはじめてからは全てがあっという間だったなあ。



春が終わり夏が来て秋になり冬を越え。
また春がめぐってくることのおどろき。
去年咲いた花が同じようにまた咲くこと。
大切なものを何一つ損なうことも失うこともなく
ぐるりと一回りして、またこの季節に帰ってきたこと。

すごいよ。
人が歳をとるってすごいことだよ。



雨がぱたぱた鳴っていたのに雲が切れてきました。
今日は青空であってほしい。
2008年3月24日の朝は目にしみるような快晴だったから。
posted by YUKINO MATOI at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月23日

面白いというか

意外に思い当たる節が多すぎてげんなり…



初恋の人からの手紙
http://letter.hanihoh.com/

ゆきの、ひさしぶり。
もう油性マジックのニオイをかぐクセは治りましたか?「いいニオイだからかいでよ♪」と言っていたゆきのをなつかしく思います。

泣きじゃくるゆきのが「これ以上振り回されたくないから別れる」と言って自分から連絡を断ったあの日から、もう12年が経ったんだね。月日が流れるのは早いものです。

あ、そうそう、手紙を書いたのは何か理由があるわけではないんだ。ただなんとなく学校の前を通ったらなつかしくなって、思いつくままに書いてみようと思い立っただけ。驚いたかな。

思い返してみると、あのころは二人とも子供っぽかったなぁという印象があります。ゆきのは毎晩のように電話しては文句を言ったり泣いたりしていたし、「大丈夫だよ。好きだよ」といくら言ってもなかなか聞いてくれませんでしたね。どう言えばよかったのか今でもよく分かりません…(苦笑)。

そういえばゆきのにとっては初恋だったのかな?だからか、付き合う前から慎重で、いろいろ確認していましたね。「デート代は割り勘?」「キスは付き合って何ヵ月後の予定?」とか質問されて、返答に困ったのを覚えています。探りすぎ(笑)。

まだ付き合ったばかりのころ、ゆきのはやたらと「絶対に別れないって約束して」と迫ってきましたね。おれは「おう、約束するよ」などと言っていましたが、内心「うっ…」と思っていたのをよく覚えています。約束を破ってごめんなさい。

ゆきのと付き合えて本当によかったなぁと思うところは、わりとネガティブな人の気持ちが分かってきたことです。それにより自分の包容力も多少は強化されました。どうもありがとう。

いろいろ書いたけど、おれはゆきのが大好きでした。これからもゆきのらしさを大切に、それとそろそろ彼氏の財布からお金盗むのはやめて(笑)、これからもっと幸せになってください。

またいつか会いましょう。では。

P.S. そういえば犬にへそのニオイを嗅がせる遊びをしていましたね…。



分析結果を読んでさらにげんなり。
分析結果
posted by YUKINO MATOI at 21:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月20日

せめてそっと掬い上げようと

引越しが好きで、苦手だ。
ものを捨てるのが好きで、苦手だ。

一つところにずっといるといろいろなものが溜まるから
要るものと要らないものをより分けて
要るものだけを持って新しい場所へ移る作業は、好き。
ピーリングして一皮むけたあとの心地よさと同じ。

縁あって家にやってきて同じ時間を過ごしたものを
おしまいまで使い切ってぽんと手放す瞬間も、好き。
たとえそれがシャンプーのひとびんであっても。

こまるのは、要るものと要らないものとは
そんなに簡単にわけられないよ、ということ。
そして、折々に不要品を捨ててゆくのとは違って
ずっとそこに居たものがいっせいにぽろぽろと居なくなってゆくのは
とても心細く、心もとなく、疲れる、果てしなくさみしくなってしまう作業だということ。



友達が引っ越す。
知っている光景がみるみるうちに姿を変えてゆくのは
新しく、さっぱりとして、気持ちよく、だけどやっぱりさみしい。
posted by YUKINO MATOI at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パイナポー

こんなことをいちいちブログに書くなんて
我ながらしょうもないし決して品位ある行為とは言えないんだけれど
うちの大家さんの友人知人親類縁者は絶対にここを読んだりしないと断言できるし
あんまりにも気になるから、そしておもしろいから書くよ。

うちと大家さんとでは生ゴミのバケツを共有しています。
で、ここのところ毎日、パカッとフタを取ると甘い濃厚な香りがする。

パイナップル。

でんと鎮座まします丸々としたパイナップル。

最初まるごと捨ててあるのかと思ったけどそんなことはなく
くり抜き器で中身だけを筒状に切り出しているので
ちょうどカボチャランタンのようにきれいに身を除かれた皮だけが
来る日も来る日もごろんごろんと捨ててあるのです。 
少なく見積もっても週に5〜6個ほどは。

ちなみに大家さんは悠々自適年金生活の独居女性です。

たぶん
1、パイナップルダイエット中
2、パイナップル農家の親戚が豊作で尋常ならざる量を送りつけてきた
3、パイナップルを供物に夜な夜な何かの儀式をしている
のどれかです。2だったら声かけてくれれば手伝うのに。
posted by YUKINO MATOI at 16:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月17日

つきものがおちたように

主体はわたし
痛いのはわたし
苦しいのはわたし
それがわたしの選んだたいせつなしごと
代わりのきかない誰にもできないしごと

ただそれだけのことを受け入れるまでに
なんと1年近くかかってしまったよ。
どれだけ私は甘えてきたのだろう。
遅いけれど遅すぎはしないと信じたい。

飲み込んだ、否、飲み込もう、と決めた日の夜に高熱が出て
次の日は授乳以外何もせずにひたすら横になって過ごした。
キティに連れられて買い物に出た子は
久しぶりに大好きなブレッツェルを買ってもらったのが嬉しかったようで
帰るなり横にニコニコと寄り添ってブレッツェルをちぎっては母の口に運ぼうとする。
やさしいね。いいこだね。ありがとう。

早めに手を打って徹底的に何もしなかったのが効いたのでしょう。
熱は1日で下がりました。
posted by YUKINO MATOI at 16:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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