2010年08月02日

喉の奥、額の裏側

やられたらやり返す、言われたら言い返すということが子どもの頃からどうしてもできなかった。というかやり/言い返して事態が好転した試しが記憶にある限りどこをひっくり返してもないので、できないし、よしんばできたとしてもスキルとして極めて不十分なので手も口も先に引っ込める癖がついてしまった、という方がたぶん正しい。その状態で30年近く生きてきたものが外国で5〜6年暮らした程度でできるようになるわけもなく、どんな悪態をつかれようが納得のいかない理屈を並べられようがしばし呆然と立ち尽くす他ないのが常。気がつけば事は疾うに過ぎ去っている。何が起こり何を言われたのかを理解し自分の非と相手の非とをはかりにかけた上で最適解を発声するまでに私は人の数十倍は時間がかかるらしい。そんなことではここでは一人前と看做されないだの罵詈雑言でも何でもいいから言いたいことを言わなくてはやってゆけないだのの忠告励ましの類は嫌というほど聞いたのだがしかし、何も変わらないし変われない。というかどこをどう変えたらいいのか、そもそも変えるべきなのか、努力の方向性がまるでわからないのでいつもいつも途方に暮れるしかないのだ。

公園で玩具の奪い合いに負けた息子が泣きながら走ってくる。「僕にも貸して、って自分でちゃんと言ってきなさい」「言えないのなら諦めなさい」言いながら本当に理不尽だと思う。どう育てたら自分の欲しいものをちゃんと欲しいと言い、手に入れるための手段を講じることのできる子になるのか、我を押し殺して耐えることばかりを身につけて欲しくない(自分自身が幼い頃に出来なかったこと、嫌だったことを子にどうやって克服させるか/それはそもそも克服すべきことなのか?という思考スパイラルは避けては通れないがものすごーーーくしんどい作業でもある)と考える一方で、欲しいものは欲しい、正しいものは正しいと声高に言えることのみが常に善きことなのか、言いたいことをぽんぽん言えない奴が間抜けでのろまで弱っちいだけなのか、考えていたら情けないことに家について座り込んだ瞬間ぼたぼたと涙が止まらなくなって困った。

さくさくと言いたいことを言っているようで軽率ではない人、きちんと核心を突きつつ言うべきではないことは決して口にしない人、憧れる。熟考してから口を開けば遅すぎ、たまさか心に浮かんだことをぽんと口にすれば迂闊すぎて後悔する。いつ何時でも瞬時に振り出せる、それでいて決していたずらに人を傷つけることのない匕首のような言葉が欲しい。
posted by YUKINO MATOI at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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