2009年10月16日

罪状

私のせいです。

アンパンマンもテレタビーズもNHKも悪くないよ。

シュタイナー式に厳格に禁欲的に育てるつもりもなかったけど、暇さえあればだらだらとテレビの前に座り続けるような子にはしたくなかったんだ。

キティは家におらず、かたちを与えるべき布は山のようにあり、さりとてちびすけが1人で集中して遊べるのはせいぜい1時間足らず、週に1度のベビーシッターさんがどれだけ有難かったかわからない。手を引かれて明るい戸外に出てゆく子どもの背中には心底ほっとしていた。どんなに面白かろうと夢があろうと教育的に配慮された内容だろうと、来る日も来る日も同じことを繰り返し続ける物語に子どもの相手をさせて続けるのは本当に心苦しく、だけど、だけど本当に、そうでもしなければ釦一つ縫い止められない毎日だったから。子に遊んでとせがまれるたびに次の工程が頭にちらつき、短い絵本ひとつ読み聞かせてやるのすら心の底からは楽しめないことばかりだったから。

誰も私を責めなかったけれど、そうまでして仕事がしたいかよ、ともしも誰かに言われていたら崩壊していたと思う。テレビは1日2時間までと決めていたけれど、先月頃までは子のほうでも「つけてくれるなら喜んで観るけどお外で遊ぶほうが好き」というスタンスだったのだ。それが今年の冬は恐ろしい早さで駆け込んできて、既に晴天の日ですら手足の先が赤くかじかむほどの冷え込み。狭い家の中での遊びも限られているから、そりゃ1歳児だってリモコンをぽちっとしてぬくぬくと座っていられるほうがいいわけですよ。もうDVDの仕組みも分かっている様子で、踏み台を器用に使って棚を開けてはDVDを取り出し、テレビとDVDプレイヤーの電源を入れるところまでは一人で出来るようになってしまった。今はパパもママもそれなりに時間があって、いくらでもとまでは言わないが一緒に過ごすことができるはずなのに、絵本よりもお絵描きよりも積み木よりもテレビを観たいと言って聞かない子。

わかっている。この子にテレビを与えたのは私。こういう子にしたのは私。

ちょっと前までは私たちが一緒に何かしているというだけで心底楽しそうだったのにな。

せめて週に2回くらいはテレビなしで過ごす日をつくろう、と決める。

posted by YUKINO MATOI at 16:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
親と子が紡ぐものに、罪とか罰とかそういう言葉はなんだか嫌。
別にシリアスな意図でなんか使ってないんだろうと思うけど、
言葉が呼んでくるものもあるしね。
余計なお世話ですが、
なんかそんな気分。

TVの外にも中にも、
魅力的な世界はたくさんあって、
生きているうちに一体どれだけの
ことに触れ合えるのかわからない。
だから偏らずに世界と愛し合える
ようなそんな日々を過ごせるように
見守り、
導いてあげられるといいですね。
応援してます。

貴方が無意識に、
あるいは意識的に
感じているその感触が、
「罪」という言葉を選ぶなら、
それはいつか貴方を蝕んでしまう。

私はきっとなにも分かっては
いないのだろうけれど、

大丈夫、彼は貴方達の背中を
ちゃんと見てるはず。
そんな気がします。
それに大きくなって答えを出すのは
貴方ではなく、彼自身だから。
Posted by えるね at 2009年10月17日 00:12
えるねさん、いつもお心遣い有り難う。
かわいそうな子だと思って育てると本当にかわいそうな子になってしまうから止めなさい、という話も聞きます。が。子どもの心に確実に何かを刻印してしまったこと、これからも刻み続けていくであろうことの重みはおおらかにかつ厳粛に受け止めるべきだと思うのです。母がかつて罪悪感を覚えたことすら笑い話にできるほどしなやかで強い子に育ってくれるのなら私はそれ以上何も望みません。
Posted by ユキノ at 2009年10月17日 15:54
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