2012年07月25日

帰路

日本に帰ってきています。
東京の家を引き払って一度実家に戻り、
そこからスーツケース1つと段ボール1つでドイツに向かった夏から
今年で8年が経とうとしています。

幸せだった。夢のように幸せな8年間だったと思います。
愛する者と愛する物に囲まれた暮らし。
そしてその日々は今も続いています。
フランクフルトからフライブルクへと向かう車窓の景色。
どれだけ眺めていても飽きることのない、心がほどけてゆく風景。
その風景の中に身を置いて夫と子どもたちと暮らし、
自分の仕事を続けてこられたことがどれほどの幸運だったか。

成田エクスプレスからの景色を見ながら、
ではこの日本の風景の中に身を置いて暮らすことは幸せなのだろうか、と考えました。
この景色の中で流れる時間はどのような色彩を帯びるのだろうか。
それは自分にとってどういう価値を持つ暮らしになるのだろうか。
この景色を愛せるように、幸せだと言えるように、私は何ができるだろうか。
今のある幸せの形を変えてまで新たな場所で始まる暮らしは幸せなんだろうか。
ってか幸せな暮らしってなんですか?何があれば幸せですか?
灰色の街と街が途切れ目なく連なる首都圏の風景ではなく
むせかえるような緑の郷里の風景を見ながら考えてみようと思いましたが
あいにくそこは2階建ての1階席で、道中ほとんど防音壁しか見えませんでした。

ドイツでの日々は、一方で、いろいろなものを棚上げにしてきた日々でした。
日本に戻ってくるたび、そのことに改めて気づかされます。
「今はドイツでがんばる」
「でも、いつかは日本に帰る」
という立ち位置のまま
日本にもドイツにも本当の意味では根を下ろさないままで
自分たちの選び取った暮らしに没頭することを許された日々でした。

幸せで楽しい暮らし。
だけど、いつまでも続けてゆけるかどうかわからない暮らし。
1年後も2年後も5年後も同じようにここで起居して笑えているかもしれない。
でもそうでないかもしれない。
確かなようでいて、先のことは何もわからなくて。
そのことに時々どうしようもない苦しさと不安と心もとなさを覚えました。
どうにかなるよ、大丈夫だよと笑うことのできない日もありました。
ドイツに永住する覚悟も、日本へ足を踏み出すきっかけもないまま、
長く住めば住んだ分だけドイツという場所への愛着だけがますますつのり、
逆に日本がどんどん遠い国になってゆくのは、怖かった。
日本の電車の窓から見える景色と、
ドイツのそれとを比べてため息をついている自分を、
どうしたらいいのかわからなかった。

「いつか日本に戻ってきたら使う」という名目で
ずっとずっと実家に眠っている本や食器や雑貨たち。
それは、たかがもの、かもしれません。
でも、いわゆる断捨離というものは
少なくとも私にとっては自分に課した課題の取捨選択なのだと
今日、母方の祖父宅の蔵の中でほこりまみれになって、
段ボールの山と格闘しながら思いました。
この本を読みたい。この本の指し示す先へ行ってみたい。
この本を読んで、もっと考えたいことがある。
この本を読んで、もっと作ってみたいものがある。
少なくとも、これが私にはまだ必要だと思って箱に詰め封をした8年前の私は
その一つ一つを「いつかやるべきものごと」「自分には必要なものごと」として
咀嚼し、消化し、自分の骨肉と成すべき対象だと見做していたはずなのです。

(にしてもお前いったいどういう了見で買い物をしていたのかと
 当時の自分の胸ぐらをつかんで問い質したいですが。
 分量にしても購入金額にしてもほんとうに恐ろしいよ、ああ)

日本に足を向ける時期が来たのだと思います。
きっと、今度こそ、本当に。
この国で行ってみたい場所があるのです。
たどり着きたい世界があるのです。
棚上げにしていたものを一つ一つ手に取って、もう一度見てみたい。
この国で、もう一度暮らしてみたいのです。

帰ろう。初めて来たときは1人だった国。
4人になって、手を繋いで帰ろう。

posted by YUKINO MATOI at 01:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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