2011年01月28日

まなざし

私はとかく物事を難しく考えすぎ、考えなすぎる。
私を苛立たせ、困惑させ、どうしようもなく居心地悪くさせる子どもの振る舞いが
ほかの人にはたまらなく可愛くいとけなく映るということ。あるいはその逆。

私は肩の力を抜けと言われると「どうやって肩の力を抜くか」を考えすぎてガチガチになるか、さもなくば抜いてはならない力まで抜きすぎ外してはならないものまで外してしまうかのどちらかなので、例えば子どもたちを連れてカフェに入り、彼らに和やかに目を配りつつ、同行の友人との会話も弾み、他のお店や客への配慮をも忘れず、かつ、そのようにして過ごす時間がしっかり自分の「息抜き」に成り得ている笑顔のまぶしいスマートなお母さん、にはそれこそ焦がれるように憧れてやまない。だがそのスマートさ、さりげなさはたぶん、無意識のうちの振る舞いに拠るところが大きいので「いかにスマートに振舞うか」に頭を悩ませている段階で完敗である。ほんとにもてる人はもてる秘訣マニュアル本なんて絶対読みっこないのと同じ、持っていないものを手に入れようとあがく行為こそが自分の手に入れたい「それ」から最も遠いやぼったい行為である、なんてね。

要はせっかく1年ぶりに友達と会ったのに子どもらに気をとられてばかりで私、眉間に皺を寄せて強張った顔のまま、口を開けばやれ椅子に上がるなの大きな声出すなのでろくに話も弾まず、なんてことになってなかったかな今日?とっても楽しかったけど自分の振る舞いに自信がなくてなんだか疲れたのです。ああう。
posted by YUKINO MATOI at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

邂逅

共有できるものと共有できないもの。
離れている間にそれぞれの空間で流れたもの。
ほんの一時、交わってまた離れてゆくもの。
不思議。
長い時間同じ場所にいて同じことをして過ごしたはずの人と
微かな音沙汰さえないことになんの痛痒も感じないこともあれば
わずかな時間にわずかなものを分かちあっただけかもしれない人と
ほんのひとときでもいいから再び逢いたくて逢いたくてたまらなくなり私はキーを叩く。
言葉を探す。あなたに向けるべき言葉を。あなたと私の間に紡がれるべき言葉を。

人の魅力って何だろう。
私はなぜある人とは会いたいと思い、ある人とはそうは思えないのだろう。
あなたの前に立った私は、あなたが再び逢い見えたいと思える人でしたか。

ありがとう。今日また同じ時間をともに過ごすことの出来た大切なあなた。
あなたはとても素敵で、素敵で、素敵な人でした。



今年もまた駆け足で友達の間をめぐる季節がやってきて、今、東京です。
posted by YUKINO MATOI at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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