2010年11月03日

40週と2日目の朝

夢を見ていた。夜遅く、つづら折りの柵のない真っ暗な急斜面で、雨に濡れた石畳が街灯をてらてらと映していた。私はブーツで、滑らないように一歩一歩おそるおそる歩かねばならず、足をぐっと踏みしめるたびに下腹に鈍い痛みが刺すのが怖かった。夢の中でも私は臨月で、夫に手を引かれながら重い体を運んでいた。



目が覚めたのは午前一時。もう寝直せないほどの痛みが定期的にやってきているのを確認し、夫を起こして後を託し、一人病院へ向かう。外は半分近く欠けているのに満月のような明るさの月で、光が窓から差しているのを見た瞬間「あ、来るんだな」と確信した。

深夜に入院になったらとりあえず私だけ行こう、夫と子には早朝まで待ってもらって、誰か子を預かってくれる人の手配がつき次第来てもらおう、という段取りになっていた。子がずっと風邪気味で夜中にちょくちょく目を覚ましていたので、咳き込んで「おみずちょうだい」と起きた時にパパもママもいないのはショックだろうと思ったし、どんなに親しくても実際に深夜に友人を呼び出して、夜泣きしたり咳き込んで吐いたりするかもしれない息子の添い寝を頼むのにはためらいがあった。前回入院から13時間かかったこともあり、6〜8時間程度で生まれてくれるのなら朝一で駆けつけてくれれば間に合うかな、という計算もあった。

入院の手続き、検査を一通り済ませて分娩室に入ったのが3時45分。ゆっくり近づいては遠のく痛みの波に合わせてだだっぴろい分娩室と廊下とを行ったり来たりする。午前5時の時点で子宮口5cm、陣痛5分間隔、5並びだしまだまだ5合目くらいであろう、という具合。ところが5時半過ぎにトイレに立った直後から急に陣痛が激しくなり、たった15分で子宮口全開、破水。あわてて夫に電話するも、つながらない。後で聞いたら出かける支度中で呼び出し音に気づかなかったのだとか。通常の分娩台から、事前に依頼してあった水中出産に移る間もなくあれよあれよと言う間に事が進んだ。夫と連絡が取れなかったその時だけはさすがに頭がぐらぐらするほど狼狽えたが、あとは怖いだとか苦しいとか思う間さえなかった。まだまだ先にあると思っていた嵐の海に待った無しで放り込まれて、指示されるがまま手足を動かしていたら溺れる間もなく雲が切れて青空がのぞいた。



結局入院から4時間と少し、分娩室に入ってからわずかに2時間半というスピード出産で、誰に対しても胸を張って「超がつくほどの安産でした」と言えるスムーズなお産でした。担当の助産師さんがものすごく頼もしく的確な指示の人だったのにも助けられて、10月29日、朝6時30分。3450g、51cmの元気な元気な男の子。あたたかくて、やわらかくて、たよりなくて、限りなく強い命。よく来たね。よく来てくれたね。ありがとう。ありがとう。ちゃんとママのところにきてくれてありがとう。この瞬間を誰よりも一緒に分かち合いたかった人は今ここにいないけれど、その淋しさや残念さを埋め合わせてあまりあるくらい、自分の胎内から命が溢れ出る喜びは途方もなくて、ただただ幸せでした。へその緒がついたままのいとしい我が子を抱き取って、ずっとお腹の中にいた子の顔を初めて間近に見て、はらはらと泣きました。



どうしよう、夫と連絡がつかない、とうろたえている間にいつも自分の起きる時間に合わせた携帯のアラームが鳴り、赤ん坊が無事生まれた後、助産師さんも産科医さんも席を外して2人きりになった静かな分娩室に夫と息子を起こす時間に合わせたアラームが再び鳴り響いたのがおかしかった。夫に電話して「生まれたよー」と知らせ、涙声を聞き、1時間後、カーテンの向こうから「ママー」と呼ぶ小さな顔がのぞいたとき、ああ4人の生活がこれから始まるんだな、と思った。前回、脱水を起こして水も飲めなくなり、点滴を打たれてベッドで運ばれたのとは対照的に、今回は自分で分娩室を片づけてほかほかの我が子の乗ったベビーベッドを押して病室に向かい、ぱくぱくと朝食を平らげたのも我ながらおかしくて、軽やかにうれしくて、誇らしくすらあった。妊娠中におこったあらゆるネガティヴなことが全部洗い流されて楽しかったことだけが残った気がした。大好き。みんな大好き。わたしの大事な大事な家族。
posted by YUKINO MATOI at 03:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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