2009年08月24日

愛着

離乳食の最初期からもう1年以上使っているスプーン。
シリコン製だから歯型もつき形はゆがみ首もぐらぐらで
近頃食べるような幼児食にはもう対応しきれない。
朝の慌ただしいときに間違えてそのスプーンを出してしまい
食べにくそうにしていたので、ああごめんごめんとスプーンを替えたら
世にも悲しそうに顔をくしゃくしゃにして泣き出したのでびっくりした。
飛行機のついた新しいスプーンでは嫌で
たとえ食べづらくてもよれよれの馴染みのスプーンがいいのだそうだ。
今までは何かの理由で持っていたものを取り上げられても
代替品があれば納得して興味を移していたし
泣いて抵抗などしたことがなかったので
ああ、執着心が出てきたんだなあと成長ぶりを実感した。



なにかのはずみにどうしようもなく子がかわいく見える。
「嘘だ、これは夢に違いない、
 こんなにかわいい子がうちの子のはずがない、
 こんなにかわいく産んだ覚えはない、
 なんでこんなにかわいい子がここにいるんだ?」
と一瞬混乱してしまうほどに、この子は、かわいい。

一瞬後に牛乳をこぼされて我に返る。
posted by YUKINO MATOI at 14:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 子日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月23日

エッジのきいたおにぎり

『ジェネラル』で6キロ落としたのを『南極料理人』で8キロ増やしました。それが正しいことなのかは分からないですけどね。役作りで何キロ増やしたかなど形だけのことですよ。こういう努力譚って分かりやすいから記事になりやすいですけど、それが目的になっちゃうと役者として違うなと感じるんです。"ストイックに役作りする自分"を好きになりそうな自分がいるので、それを戒めるよう心がけています。


映画「南極料理人」堺雅人インタビュー
http://e-days.cc/cinema/feature/200908/28129.php

一面識もない人をこんなに好きになり
その人の言葉に一喜一憂してしまうのは
既婚子持ち27歳にして初めてのことなので
自分でも困惑しています。
そうなのよ!
ストイックであることを自らに課しつつも
ストイックな自分を好きになっちゃあダメなの!
わかりやすい努力自慢って本当に格好悪いもの。
こういうことをさらりといえる人、素敵だなあ。

そして猛烈におにぎりが食べたくなってきたので
これから米をとぎます。
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2009年08月21日

語録

「ぱぱ」「まま」
語義通り。

「あーちゃ」
母のこと。キティが私をそのように呼ぶ為。

「わうわう」
犬。犬好き。にゃーにゃーも覚えてよ。

「ぶー」
車。乗り物好き。男の子だなあ。

「ぷち」「ぽち」
DVDもしくはテレビ。テレビの前でぷちーぷちーと言い出したら「観たい」のサイン。

「ちたー」
できた、の「きた」の部分を繰り返し繰り返し真似る。お腹が空いて機嫌の悪いときにごはんできたー、と言ったら、ちたーちたーちたーと跳ね回って手をぐるぐる振り回して手のつけられない大興奮。そのわりに食べてくれなかったのでしょんぼりした。



いつでもどこでも遊びたいのが1歳児なのだが、昼寝から目覚めてすぐのぐずぐずのときに泣きながら寝ぼけた目でおもちゃのカートを押しながらふえぇん、ふえぇんとてきぱき遊びはじめたのが面白かった。
あと昼寝から覚めて同じく泣き声が聞こえたので様子を見に行ったら(自分ではまだドアは開けられない)、ドアが開くや否や半分閉じた目のままでまっすぐ寝室を出て私の仕事場に直行、いつも私のいる椅子の側で立ちつくして「まま、ままぁ」と泣きわめいていたこともあった。ママは今きみを迎えに行ったじゃないか……。

posted by YUKINO MATOI at 15:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 子日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

白鳥対犬

闘犬のように低く獰猛に唸る白鳥を見たことがおありでしょうか。または嘴を開き舌を蛇のように震わせて翼を拡げてシャァァァッと鋭く敵を威嚇する白鳥を。

いや怖いです。本気で怖い。

暑くて暑くて暑くてドイツにあるまじき猛暑で気が立っているのか知らん。湖に水浴びに入ろうとした犬が気迫負けしていたよ。チワワやヨークシャーテリアならいざしらず。中型犬でも勝てないのか。

とばっちりで側で見ていた子も喰いつかれそうになった(白鳥にですよ)ので慌てて逃げたけれど、子は事態を把握していないのか楽しそうに白鳥に手を伸ばそうとするので全力で引き離した。動物で怖い思いをしたことがないので対応がぬいぐるみと一緒なのだ。こいつはお前が思っているほど優雅な生き物じゃないぞ。



犬の飼い主も面白がってけしかけるんだけど、ドイツ人の口喧嘩の常套句"Halte die Klappe!(黙れ)"を連呼してるのがなんだか可笑しかった。直訳すると「そのクチバシを閉じな」って意味なんだけど、鳥にそんなこと言っても、ねえ。子どもに「子どもだましはやめなさい」って言うようなものじゃないですか。
posted by YUKINO MATOI at 14:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月09日

時々母を「あーじゃ」と呼ぶのは

どうやらキティが私を呼ぶのを真似ているらしい。



1歳を過ぎるとその子その子で出来ることとそうでないことの差がものすごく顕著なので、いちいち比べて焦ったりはしないけれど、よその子が出来ないことが出来たり、その逆だったりするとやはり驚く。

言葉数は少ないけれど「うん」と「ううん」をきっぱりと使い分けるちびすけ、少し複雑と思われる質問をしてもきちんと理解しているよう。例えば「公園で少し遊んでからお買い物に行きたい?それとも今はお買い物だけぱぱっと済ませておうちでテレタビーズ観て、公園で遊ぶのは夕方にする?」やや混み入った2択でも一生懸命首を傾げて考えて答えるのですねー。大人も適当なこと言えません。

食には並々ならぬ意欲があるようで、血抜きさえきちんとしてやればレバーだってぱくぱく食べる。好物はそれこそ至福の極みのとろけそうな顔で食べるし食器にもうるさい。子ども用のプラスチックの皿やコップではなく大人と同じ器を要求し、言われるがまま陶器や漆器やガラスの器に盛ってやると断然食べる量が違う。スプーンやフォークですら最近ようやく上手に持てるようになったばかりなのに、もう箸を使いたがる背伸びっぷり。「いただきます」と「ごちそうさま」のできる行儀の良い子です。
posted by YUKINO MATOI at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 子日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ありがとうとかごめんねとか

行動を伴わない感謝の言葉は
安易にこぼれ落ちた謝罪の言葉は
免罪符と同じなのだ
posted by YUKINO MATOI at 14:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 考え事の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

佳境魔境

内澤旬子 空礫絵日記「狂っているのは誰か」
http://kemonomici.exblog.jp/12091157/

ちょっと前に読んだたけくまメモの記事を思い出してしまった。
心意気などという気っ風のいい言葉だけでは
もはや語れないところにまで足を踏み入れてしまう人、私も大好きです。
人としてそれが幸せなことなのかどうかはさておき。



ノリピー(仮)に幸あれ!



たけくまメモ「共犯者としての編集者」
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/03/post_2.html



リンク先をクリックしない方へ。
上記のノリピーは覚醒剤で引っ張られた人とは勿論一切関係ございません。念為。
posted by YUKINO MATOI at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月05日

趣味の不一致

「友達が日本から子ども番組のDVDを送ってくれたので観てみたらビー玉が転がったり何かが倒れたりするのを延々見せられるだけで全然面白くなかった、こんなわけのわからないものは要らない」とのたまうママ友達からピタゴラ装置DVDを譲り受けて今とても幸せです。ちびすけも「ピタゴラスイッチ」の声に合わせて楽しそうに「ふぃっち」と言ってます。
posted by YUKINO MATOI at 17:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月04日

まっくら森の歌

リビングで一人遊んでいたちびすけ
テレビに飽きてソファを上り下りしていたはずなのに
いつの間にか吸い込まれるように観ていた。
つられて私も一瞬で連れ戻されてしまった。
くらいくらい森の中。ひそやかな狂気。





暗くも怖くもないけど昔のお気に入りが見つかったので一緒に。



戸川純が歌っていたのね。切り絵も美麗。



うさぎかわいすぎ。
posted by YUKINO MATOI at 16:10| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月01日

ニッポン覚書

8月になったので忘れないうちに。

■プレ・越後妻有トリエンナーレ

http://www.echigo-tsumari.jp/2009/index.html

まだ会期前だけど東京から友達二人が遊びに来てくれることになり、母に車を頼んでまつだい駅にてお出迎え。駅前でさっくりご飯を食べて前回、前々回設置の作品群を見て回る。驚くのは田畑の中、集落の中におそろしく「普通に」作品が設置されていること。まつだいの人たちが普通に米を作り茄子を作り紫蘇を植え枝豆を植え雑草をむしっているその横に案山子のようにさくさくと作品が植えられている風景は、当たり前のドラム缶や稲架木すらもアート作品に見せる。圧倒的な自然の中での人為。アートとそうでないものがゆるゆると溶けてあってゆく感じ。依田久仁夫『希望という種子(シュジ)』が山中でぽつぽつと枯れ葉に埋もれ苔に覆われ、作品に辿り着くための階段までもが朽ちるに任されて侵蝕されていく感じ、物凄く良かった。石だとおもっていたのは陶板なんですね。

美人林なるブナの原生林を散策し満開の紫陽花を愛で友達を宿泊先のマリーナ・アブラモヴィッチ作『夢の家』まで送り届けて、本当は見学時間は過ぎているのにスタッフの人に無理を言って夢の家の中を見学させてもらって帰宅。ネットで観た写真ではどう見ても棺桶のようなベッド(枕は水晶)に子連れでは泊まれまいと思っていたけど正解。そこにあるのは風呂ではなく禊のための沐浴(石鹸シャンプーの類は禁止)。パジャマではなく着ぐるみ(テレタビーズそっくり!)。茶の間に置かれたテレビに映るはアブラモヴィッチ女史の作品アーカイヴのみ(!)。室内の設えは越後の古い農家そのままで、母方の実家に遊びに行ったようでとてもくつろげそうな雰囲気だったとはいえ。冷静にツッコミを入れてしまったら負けなので、一緒に泊まる相手をものすごく選ぶ宿だと思いました。

翌日、長岡観光。
とりたてて見るものもなく、郊外に大きなショッピングモールが出来てからは閑古鳥が鳴き喚いている駅前商店街も、全国的に見ればまだまだ幸せなほうなのかもしれないと思いました。昭和の面影の色濃く残る建物のディティールが実は美しいのだということ、長岡出身でない人と一緒に歩かなければきっと気づかなかった。カウンターの美人おねいさんに憧れて通ったカフェに友人を案内、帰りに駅まで送ったら高校の美術の先生にばったり出くわしたりと、なかなか濃い午後でした。友人お二人には改めて感謝。楽しかったー。

■ コクーン歌舞伎『桜姫』

歌舞伎で涙が出たのも初めてなら劇場を出て歩いても歩いても涙が止まらないのも初めてで、困りました。
美しかった。とにかく七之助さんが圧倒的に美しかった。触れれば散ってしまいそうな可憐な姫君から煙管片手の妖艶な女郎まで、ほっそりと鋭利で、決して曇らない気品。歌声が響き渡り桜色の月の昇るラストシーンなど本当に夢のような美しさでこの世のものとは思えませんでした。

というか本当にこの世のものだと思って観てなかったんですね私。筋書にある以上の『桜姫』の物語を知らずに観に行ったもので当然結末もわからず、だから最後の桜の宴は姫も赤子もみんな死んでしまったのちの冥府の桜なんだと思っていたのですがあとからいろいろ読むとどうもそうではないらしいようなのでもう1回観たいよー!あと6月の長塚版も観るべきだったなあ。せめてDVD出ないかしら。

■ メアリー・ブレア展

http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/98/

膨大な量の作品を残しながら、作風といいメアリー・ブレアの生き様といい常に一本のくっきりとした軸に貫かれて(晩年の一部の作品を除いて)一切のブレがないのに胸打たれました。幅広い仕事をこなしながら全ての焦点が矛盾なくぴたりと合って像を結ぶ感じ。ふらふらと寄り道ばかりの私は大槻ケンヂ『人として軸がぶれている』を歌いつつ穴があったら入りたい気分でした。というのは嘘ですが、ブレアが南米で、またアメリカ南部で、ニューヨークで、吸収し糧としたものが彼女の血肉となり指先から溢れ出す色彩に変わって画面を彩る様が揺るぎない説得力を持って展開されていて、その仕事量といい力強さといい本当に素晴らしかった。あれこもこれもと舐めたり齧ったりするだけではなくて、もっとちゃんと咀嚼して飲み込んで消化してそしてそれを自分の作品として態度として表に還元してゆく作業が私にはもっともっともっと必要なのだと深く頭を垂れました。
最後の物販がまるでディズニーランドの土産物屋のようで「かわいいか否か」「欲しいか否か」の回路を狂わす危険な空気を漲らせていましたが、出発が近く予算もスーツケース容量もいっぱいいっぱいだったことと、広い広い館内を巡って体がすっかり冷えていて早く表に出たかったことが幸いして、絵本1冊だけで済みました。



で帰る道々友人とピナ・バウシュ死去の話からダンスの話になり、年末にはシルヴィ・ギエムが来日とのこと、「ギエムはドイツ来ないの?」との一言で探したらありましたありましたありました11月にベルリン。欲望の矛先がぐぐぐぐっと頭をもたげるのを感じます。
posted by YUKINO MATOI at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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