2009年05月29日

シャラップ

小言をいいかけた母の口をキスでふさぐという高等技術を子が習得!
ずるい。将来が心配だわ。
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だって食べたいんだもん

本気で家族の衣食住を全て手作りしようなどとは毛頭考えていませんが、欲しいものがあり、簡単には手に入らないものがあり、自分の手を少し動かすことでそれが作れるのなら、という幼少の頃からの思考回路は異国に暮らすようになってますます活性化。納豆に続く発酵シリーズとして、この前はママ友数人で山のような白菜をせっせと刻んで揉んでキムチ漬けました。次回予定は麦茶。丸のままの麦粒が売られているのを見つけたのでこれ煎って煮出したら麦茶になるんじゃないかと。
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2009年05月28日

『大きな森の小さな家』

好きな本忘れられない本影響を受けた本は数多ありますが、幼い頃にもっとも繰り返し繰り返し読んで心にしみつき、私の生き方を決定的に方向付けてしまった本を挙げるとしたら、それは『大きな森の小さな家』に始まるインガルス一家の物語です。
何に心打たれたかって、とにかくあらゆるものを「つくる」というその営み。丸太を切って家を作り、ベッドを作り、机と椅子を作り、その上に並ぶパンやハムやバターやチーズだって全部自家製で、雪解けの季節にはカエデの樹液を集めて砂糖を作り、夏になれば麦わらを編んで帽子を作る。その四季折々の全てを鮮やかに書き出した物語に圧倒されたのです。服も全部かあさんの手縫い、生地は街に行って(年に一度か二度のビッグイベント!)とうさんが冬の間に狩りで集めた毛皮と交換。とうさん、鉄砲の弾まで鉛を溶かして自作するんです。

大きな森の暮らしに憧れて物語に登場する献立を想像力で補いつつ作ってみてあまりのカロリーの高さに胸焼けを起こしたのも懐かしい話。外に吊るした肉の塊が凍って春まで溶けない寒さ(食べる時は要る分を斧で割り取ります)の中で、朝から晩まで農業に従事する一家の食事なので、高脂肪高タンパク質高糖質なのもむべなるかな。なにしろ彼らはアメリカ人なのですし。



そんな本ほどではないにせよテレビシリーズ『大草原の小さな家』にも少なからず思い入れはあったので、未聴だった町山さんのポッドキャストのバックナンバーを聴いていたら衝撃の最終回に思わず仕事をする手が止まってしまいました。詳しくは書きませんが知りたい方はWikipediaの「大草原の小さな家」ここの第49回、19分目あたりを聴いてみてください。とうさん非道いよ。
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2009年05月24日

楽しいことを書くよ4

大塚明夫の声真似で子に絵本を読むキティが最高。結婚してよかった。

読んだのは『こねこがにゃあ』ひろのたかこ作です。
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2009年05月20日

悔いたことなど一度もない

良く晴れた夕方、遊び疲れて眠ってしまった子とバスに乗る。隣にはやはりベビーカーで眠る女の子と、ゆるり座席に体を沈める母親。目が合って会釈を交わす。束の間の休息。一時の静けさ。肩の荷がひょんと軽くなった夕暮れ時の所在なさ。「おつかれさまです」と言いたくなってしまうこの感じ、母親同士手に取るように分かってしまう。家に帰って子が起きたら風呂に入れて夕食を食べさせて歯を磨いてもう一遊びさせて疲れさせて布団に入れて寝かせなくては一日は終わらないのだ。



目の前は明るく足取りとて決して重くはないのに腹の中のどこかがいつでもじりじりと黒く焼けて熱い。吹き出物って内側に溜まったものが吹き出て赤く膿むから吹き出物なんだわと今更のように思い知る。胃も肌も背骨も肋骨もきしきしと泣いている。母親にならなければこんな道は死ぬまで通ることもなかったのだろう。柔らかい手をつないだたどたどしい帰り道の美しさはなにものにも代えられず、ただただこの道を歩き通すことよりほか何も考えられなくなる。子をいわゆる「ママの恋人」だと思ったことは一度もないのだけれど、この感覚は確かに恋にものすごくよく似ていると思った。
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2009年05月11日

楽しいことを書くよ3

本来オフェンシブハーフであるにもかかわらず、監督の方針で(私の記憶では少なくとも)2年近くずっと守備にまわっていたキティに試合直前のミーティングで唐突に10番のユニフォームを渡す監督、面白過ぎ。
「やあキティ、ちょっとビックリかもしれないけれど聞いてくれ。今日の君はフォワードなんだ」って何そのサプライズ。試合前に選手を驚かせてどうする。とはいえ本来の持ち場に近いところに戻ってしっかり2アシストしたキティは漢だ。絶賛低迷中のチームが久しぶりの白星をあげたよ。
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追記

新潟市に少し前に新しい県立美術館が出来たので行ってみようかしらと展示予定を見たら、帰国直前に終わる展示の出品作家に中学時代の担任が名を連ねていた。美術教諭で、とにかく感情の振幅が大きく、激しやすく、生徒はもとより他の先生からも距離を置かれていた人。巨大なカンバスを埋めつくしてその激情を細筆でふつふつと煮詰めるように、気の遠くなるほど緻密な河岸や海岸の眺めばかりを描いていた人。

先生の絵は昔から好きではないし、今改めて見ても好きになれるとは思えないし、かなり手を煩わせる生徒であったくせに大して恩義は感じていない薄情な私だが、彼なりの生き難さ、ままならなさ、山のような葛藤を抱えて、それでも生き続け描き続ける姿を一人の人間として生徒の前で示し続けた(それが先生の望むところかどうかはわかりませんが)という意味では、先生は正しく先生であったのだろうと思う。どうひいき目にみても良い先生ではなかったにせよ。当時まだ30代であったのにずいぶんと若白髪の多かったことを覚えている。あれから10年以上、一時は教職を離れたと聞いていたけれど、描き続けてこられたのだ。展示には行かないし行けないけれど盛況であればと思う。
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楽しいことを書くよ2

ワイマールとエアフルトに行ってきたのです。
1919年の設立からちょうど100年
ワイマールとその周辺の都市では
あちこちでバウハウスの記念展示が行なわれていて
悪天候のうえに小さい人もいて
新美術館と国立ゲーテ博物館の2か所しか行けませんでしたが
久しぶりに心の底から
「勉強させていただきました、ありがとうございました」
という気分になる。

「美」や「快」という極めて抽象的な概念を
徹底的に解体し、系統を立て、数値化して次の世代へ引き渡す。
バウハウスとは造形教育の極めて精緻なデジタル化であったのだな。
複雑かつ整然と並べられた見本帖を眺めているように
知覚の野が次々とくまなく刺激されてゆき、ひたすら心地良い。

請求書領収書注文票任免状レターヘッドその他諸々
ヘルベルト・バイヤー、モホリ=ナジらのデザインによる
学内外で使用されていたあらゆる書類が大変素敵でした。
無念なことにはフォト・モンタージュがもっと観たかったよ。



今度の帰国で行く予定なのは
東京国立近美のゴーギャン展
現美のメアリー・ブレア展と写美のジョルジュ・ビゴー展
地元は新潟県立近代美術館のネオテニー・ジャパン展にも大いに期待。
(ちなみに上記、ページタイトルがまちがっているよ)

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楽しいことを書くよ

とにかく日本には帰ります。帰るのです。
6月25〜28日と7月21〜24日には在京予定。あとは長岡です。
平日の昼間に都合のつく方、会いましょう!
公園か美術館(子は美術館ではとても静かです)かお散歩かお買い物
もしくはお宅にお邪魔させてくださる方を大募集します。
カフェやレストランで長時間まったり、というのは
タイミングよく子が昼寝しない限りむつかしいかもしれません。
みなさまよろしくですー。
posted by YUKINO MATOI at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シンデレラ

立続けに2足、子の靴の片方をなくしました。
1足は夫方の、もう1足は私の両親からの贈り物。
いわゆるファーストシューズ。

片割れをなくした靴下はもう何足になるか。

素足でいるのが大好きな子のせいではない。
べりべりとマジックテープを開け閉めするのが大好きな子のせいではない。
ええ、この母が粗忽なせいですとも。

左右にそれぞれセンサを埋め込んで
互いがある程度以上に離れたら警告音が出るような
靴紛失防止ブザーってないのかしら。よよよ。
posted by YUKINO MATOI at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月09日

今年の帰国ですが

6月24日成田着、7月24日成田発です。

1人で子を連れて飛行機に乗ります。
キティなしでキティの実家に1週間ほど滞在します。
フジロックに行けない夏にはもう慣れましたが
今年こそは観られると信じて疑わなかった長岡祭も断腸の思いで諦めました。

当初はこんな予定ではなく、あれもこれもと楽しいこと山盛りで欲張りな2か月弱の滞在になるはずが、諸般の事情とか事情とかが絡んで日程の変更を迫られるたびに何をしに帰るのかがどんどん判らなくなってきて、それでも孫または曾孫の顔だけはどうにか見せねばなるまいと腹を括って予約を入れた矢先、7月初旬にフライブルクにブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ(!)がやってくることが判明してのたうちまわり、さらに無二の友人の晴れ舞台がどうやら8月初旬らしいという話を耳にして、もう体中あちこちねじ切れそうです。こんな気持ちでフランクフルトにむかうのなんて初めてだよ、まったく。

親しかった人の訃報も続き、やり切れません。自分がいない間に日本で知己が亡くなっても悪い夢のようだとしか思えない。帰ってみてもただそこには「不在」があるだけなのだもの。過去に「存在」していた人がぽっかりといなくなっているという空しさ。見送れない人をどうして悼めようか。この目で確かめられないものをどうして悲しめようか。
posted by YUKINO MATOI at 05:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私は

一日のはじめかたを間違えたくない。
一日のおわりかたを間違えたくない。
時間の使い方を、間違えたくない。
正しく目覚めて眠りたい。

ただそれだけなのだが。
posted by YUKINO MATOI at 02:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月03日

星になる

遠く遠く離れたところへ旅立ってしまって
触れることや言葉を交わすことはおろか
消息を知ることすら出来なくなってしまうこと と

死んでしまうこと

とは

一体何が違うのだろう、と考えた。少し前に、ある映画を観ながら。

死後の世界なるものが
死生観が
弔いの儀式が
別れの言葉が
生者のためにあるものならば

遠くへ行ってしまった、と思うか
死んでしまった、と思うかは
遺された人間の決めることなのだろう。

彼が死んでしまったとはどうしても思えない私には
彼があちらで楽しく痛快にやっていると思うしかない。
比類なきロックスターは旅立ったのだ。
posted by YUKINO MATOI at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

こんな夜に

「雨上がりの夜空に」なんて口ずさんだら
鼻が真っ赤になるまで泣いてしまいそうだ。

忌野清志郎さん、もう一度ステージにたつあなたを観たかったよ。
posted by YUKINO MATOI at 13:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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