2009年01月29日

もう始まっている まだ始まっていない

NIKKEI NET オバマ新大統領の就任演説内容(全文)http://www.nikkei.co.jp/senkyo/us2008/news/20090120e3k2001720.html

世に倦む日々:オバマ新大統領の就任演説 - ガザの死屍累々で祝福された儀式
http://critic5.exblog.jp/10228037/

夜は明けたのかもしれないし
寒い暗い長い時間の入り口に過ぎないのかもしれない。
彼らは光の差す場所へ連れて行ってくれそうな人を選び取ったけれど
今までいた場所から歩き始めたわけではない。
オバマ氏が選ばれたことそのものはアメリカ合衆国にとって確かに一つの光明だが
彼の仕事が温かさをもたらすものかどうかはまだ誰にもわからない。

「飢えよ」「凍えよ」「医者も薬も与えぬ」
「死んでしまえ」「お前も、お前の家族も」
「お前の暮らしなど、どうでもいい」

脅され続け命を磨り減らすことのない生活は幸いである。
頭上をかすめる爆音に怯えることなく
「ほら、ひこうきだよ」と息子と二人見上げることを許された生活は幸いである。
posted by YUKINO MATOI at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月27日

すべりだい

ベッドも机もソファもわずかな踏み台さえあれば楽々よじのぼってしまうので
この人は階段くらいはもう登れるのだろう、と背中を支えてすべりだい。
案の定、すいすいと頂上に辿り着き
そのまま恐れることなく突き進んで腹ばいのまま一気にすべり降りた。
踏み出した体が加速しだしたとたん、強張る表情。
さすがに少しばかり怖かったらしい。

二度目以降、喜んで上までは行くのだが降りることをためらって動けなくなる。
よく考えずに行動してあとから頭を抱えて立ち止まるタイプとみた。
誰かさんにそっくりだ。



椎名林檎『幸福論』のカップリングだった「すべりだい」は名曲です。
posted by YUKINO MATOI at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 子日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月24日

ルーブル美術館

これが観光シーズンの盛りだったらこうは行かないのかもしれませんが
とにかく予想以上に人がいませんでした。
モナリザの前でさえ楽に最前列を確保して好きなだけ立ち止まっていられるほど。
なにしろあまりの広さと点数の多さに酩酊していますから
ふわー、この絵きれいー、とぼんやり立ち止まっていたら
ラファエロの『聖母子像』だったとか
誰もいない小さな展示室の隅につつましく掛けてあった
フェルメールの『レースを編む女』を見落としそうになったとか
終始ふわふわと夢見心地で彷徨っていました。
ルーベンスの間、フランス絵画の大作の間に至っては
圧巻というより暴力的ですらある存在感、威圧感に
がんがんと耳のすぐそばで鐘を打ち鳴らされているようで
まぶたの裏に星が飛びました。
一箇所の美術館で使える分量を大幅に上回るエネルギーを消耗し
「今回の旅行、美術館はもう入りません、お腹いっぱいです」という気持ちに。



記憶の中の『レースを編む女』は
うつむいた女性の髪の生え際、その一本一本が光をはらむところや
糸と糸の擦れ合う微かな気配、ピンがぷつりと小さく布を刺す音
空気中を漂う粒子のゆらめきすら丹念に写し取っているように思えるのに
実物を見るとそれほど繊細な筆致ではないことに驚く。
繊細というだけなら同時期のオランダ・ベルギーの肖像画家たちが描いた
王侯貴族や豪商らの身にまとうレース飾りのほうが
気の遠くなるほどはるかに優美で細やか。
ただ、畳ほどの大きさのあるそれら往時の貴人の姿は
離れれば離れた分だけぼやけてゆくのに
中学の美術の教科書で初めて見て
ちょうどそれがほぼ実寸大だったのだと知った『レースを編む女』は
息のかかるほど近づいてみても
また壁際ぎりぎりまで離れてみても
不思議に穏やかな緊張感が漲って、少しもたじろぐことがない。
「彼女の仕事を邪魔してはいけない」
「この空気を少しでも乱してはいけない」という気持ち。
おそらくは無名であったであろう、一人の職人の頑なな佇まい。



ジェリコーの『メデューズ号の筏』が忘れられない。
posted by YUKINO MATOI at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅のことーパリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

3泊4日パリ覚書

■1日目■
電車で賞味4時間かけてフライブルクから到着
ミュンヘンやベルリンに行くよりも近い
電車大好きな子は乗り込むとすぐに
窓枠やら座席やら肘掛やらを一通り触ってはにまにま
国境を越えてTGVに乗り込んでまたはしゃぐ
投宿はモントルイユ
駅を出てすぐのパン屋が美味しくて以後日参する
とりあえず凱旋門に出ててくてく散歩
前回遠くから眺めるだけだったエッフェル塔を真下から眺める

■2日目■
移動疲れか良くないものを口に入れてしまったのか
子がお腹の具合を悪くしたので近くのスーパーで消化の良いものを探す
フランスの離乳食のバリエーションときたらさすがは美食の国
マロンクレープを齧りながらモントルイユの蚤の市をぶらぶら

ルーブル美術館攻略
入館と同時に子が寝てくれたので
欲張らず詰め込まずなるべく丁寧に見ようと思いつつ
やっぱり欲張ってしまう
『浴槽のガブリエル・デストレとその妹』の前で
キティがぼそりと「村上ショージやん」とつぶやいたのは
是非聞かなかったことにしたい
しょぼん

頭が痛くなってきた頃に子が目を覚ます
カフェで休憩してから一緒に大作を鑑賞
子は子なりの作法で作品鑑賞や人間観察に忙しい
0歳でここに来たことなんて覚えていてくれなくていいけど
これからも美術館にはたくさん連れてゆこうと思う

■3日目■
今日も蚤の市
といっても予想に反しここでの7割は新品を商う店で
ディスカウントストアの露店版というところ
あとの2割が古着で1割が古本とかがらくたとか
中古のスクーターの部品だけとか
延長コードだけを売る店なんかもあって面白かった
鉄製の万年カレンダーとガラスのインク壷に石のペン置台のついた
重い重い重ーいデスクセットを買う
連れ帰ってくれたキティに感謝

サンジェルマン・デュ・プレ教会
サン・ルイ島でクレープの昼食
ノートルダム大聖堂を出たところで雨が降り出し
駆け込んだ先は薄暗いギャルリ・ヴィヴィエンヌ
天井のガラスを叩く雨音が響き渡るひっそりとした回廊に
一軒のサロン・ド・テだけが暖かく賑やか
天気が悪く子も疲れてきたので
パレ・ロワイヤルの中庭をちょっと眺めて帰り
あとでキティにフランスの美味しい離乳食など
たくさん買い出してきてもらう

■4日目■
チェックアウトして帰りしな
大きな肉屋に横付けされたトラックから
頭と蹄と中身だけがない豚が丸のまま何頭も搬入されるのを目撃
パリ市民の胃袋の中身を垣間見た気分

最終日は買い物か美術館か迷って買い物へ
エスト駅に荷物を置いてギャルリ・ラファイエットへ目の保養に
高い高いドーム天井を見上げてはうっとり
おのぼりさん丸出しですね
これまたうっとりするような優美なドレスやスーツ
キティに値段だけそっと耳打ちしたら「えっ」て声が裏返りました
今住んでる家の家賃2年分くらいかな
最上階でオペラ座界隈の賑わいを眺めながら昼食

くたくただったけど大混雑のラデュレに飛び込み
宝石箱のようなミニマカロンを購入して生き返る
チーズとかパテとかキャラメルミルククリームとか
美味しいものを買い込んで帰路につきました
白いご飯に梅干、のり、こんぶとお味噌汁の静かな夕食
posted by YUKINO MATOI at 20:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅のことーパリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月17日

氷を踏む

何の因果か、フライブルクに初めて足を踏み入れたその日から
大きな大きな湖のある公園の側から住まいが離れたことがない。
短期留学時代の学生寮も、結婚して初めて住んだ屋根裏部屋も。
引っ越そうと思って他を探してもみるのだが
行き当たるのは必ず件の公園徒歩3分圏内。

そうやって迎えた5度目の冬で
初めて氷が厚くみっしりと張り詰めているのを見て
おそるおそる足を踏み出す。
湖面の中心へと進む。岸を見上げる。
厳冬でなくては決して見ることのできない風景。

果敢な足跡と自転車の轍とがいくつもいくつも湖を横切り
水鳥は所在無げにぺたぺたと氷の上を彷徨う。
子どもが橋の下を走り回る。

閉じ込められた小石。
まだ氷が薄かった頃に誰かが戯れに投げて
そのまま雪と氷の層に埋もれた小石。

春が来て、湖が解けて、小石がプクンと沈む瞬間を想像する。

わずかに残った水面で、氷がきしんでごぅんごぅんと鐘のような音を立てた。
posted by YUKINO MATOI at 02:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月16日

すこしくらいさぼってもよいのに

2年ほど前から育てているアボカドの鉢
ドイツの気候で露地栽培は無理なので
霜が降りるようになった頃から家の中に入れている。

もうかなり大きくなっているので
小さい人の手の届かぬように
狭い家では寒くて薄暗い玄関に置くしかないのだが
そのわずかな光と熱のなかで次々と膨らむ柔らかな新芽。

どうしたって熱帯の植物に快適な環境ではないから
小さいまま茶色くしなびてしまう芽も多いのだけれど
幾枚かはつややかにのびのびと育つし
毎日のように次から次へと新しい芽が沸いてくるので驚いてしまう。
冬の間くらい、こんな報われない季節の間くらい
なにもせず休んでいてもよいのにと思ってしまうから。



背筋を伸ばすことは簡単だ。
心打たれたそのときに、弛んだ筋肉に力を入れればいいのだもの。
だけど持続することはむつかしい。
力を抜いてもだれも見ていないところでも
ただまっすぐ立つのさえ困難なところでも
あまえず、たゆまず、きりりと立ち続けることは、むつかしい。

「うしろめたくないように」ってそういうことでしょう?
posted by YUKINO MATOI at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

知識の泉

真にかしこい人というのは
わからないことにぶつかったときに
どのようにその不明を明かしたらいいのかを知っている人のことだと
何年か前に京極夏彦の本で読んだのを、つくづくその通りだと思った。

ちょっと気になること、看過したくないことがあって
ある程度の推論も憶測も可能なんだけど検証する術がない。
誰にでも気軽に聞ける内容ではないので専門家の意見を仰ぎたいが
その道の研究者でもないのに気安くドアを叩けるような話題でもなく
ああ、今あの人が近くにいたら聞けたかもしれないなあ、と
何人かの知人の顔を思い浮かべる。

はて、と立ち止まり、googleとかwikipediaに間抜けな検索語句を突っ込むが
はたして間抜けな答えしか返ってこない。まるで鏡のよう。

だからせめて忘れないでいようと思う。
2009年1月のある夜に街角に翻った旗を、決して忘れまいと思う。
posted by YUKINO MATOI at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月09日

呪文は正しく唱えなければ意味がない

ひょっとして私は
高熱に苦しむ人に火傷の薬を塗るような真似をしてはいまいか。
あるいは、渇きと飢えに苦しむ人に灼熱の激辛カレーを。
胃腸の弱りきった人に「滋養だから」と脂滴る焼肉の塊を。



大切な人をなくした彼に、口は悪いが陽気で繊細な彼女は
傍で聞いているほうが思わず目を伏せてしまうほどに
遠慮のない激しい言葉を浴びせる。

そうして彼は再び笑えるようになったのだ。

私には逆立ちしたってできない優しさのありかた。



「せめて自分にできることを精一杯」で慰められるのは自分だけ。
私は、間違えたくない。どうか、間違えませんように。

yes, please.
posted by YUKINO MATOI at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月03日

年頭のごあいさつ

あけましておめでとうございます。
皆様のますますのご多幸、ご活躍をお祈り申し上げます。
今年もどうぞよろしくお付き合いのほどお願いいたします。



クリスマスの頃に母と子とで同時に仲良く同じ風邪菌を拾い
子のほうが先にさっさと治って元気に年を越し
母は咳と鼻水と寒気で鉛のような体を引きずって元日を迎えました。
26歳分の免疫力の差を見せつけられた気分ですね。
そんでもって母も回復に向かいかけたかと思いきや
今度は父が寒気がするといって動けなくなりました。
全員が完治したら温泉に行きたいのですがなかなかタイミングが合いません。
posted by YUKINO MATOI at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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