2008年03月23日

布団を頭からすっぽりと被って
巣穴の中で丸くなっている自分を想像しないと
10歳くらいまでは夜眠ることが出来なかった。
今でも狭くて暖かくて少し暗い場所がとても好きで
前の家でも部屋の隅のヒーターの前にクッションをいくつも置いて
そこで丸くなって本を読んでいるのが一番落ち着いた。

ドイツの定番妊婦グッズ、Stillkissenを初めて使った時は感動した。
長さ2mほど、一抱えほどの太さのある簡素な抱き枕なのだけれど
中身が適度に柔らかく詰めてあるので
曲げたり丸めたり凭れかかったり好きなように扱えて
自分の形にぴったり窪む空間が作れるから最高に落ち着く。
大抵どの産院にも常備されているというのも納得。
産後は小さく丸めて簡易ベッド代わりにすると
子も精神的に安定するのだとか。



布団で簀巻きになった女と同衾するようなものなので
相方には圧迫感と疎外感のみで何のメリットももたらさないようですが。



無理のないように、体をきちんと休めるようにと自分に言い聞かせつつ
少しでも不要なものがあれば捨てなければ気が済まず
収納に無駄な空間があるといてもたってもいられず
前の家では狭さゆえに整えきれず放置していた場所も
極力すっきりさっぱりさせるべく試行錯誤せずにはいられないのは
単に引越し後というだけでなく、本能の成せる業なのでは、との話。
急に自分が獣じみてきたように思えます。巣作りです。

予定日より1日押して小川未明と同じ誕生日だと嬉しいのだけど
なにしろ私の子なので、大幅に遅刻するかせっかちにフライングするか
どちらかだろうなあ、とと思っていたら後者になりそうです。
3年間過ごした旧居に最後のお別れをしたら入院の準備です。
posted by YUKINO MATOI at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月20日

桜が散りました。雪が降りました

どこも切ったり縫ったりせずに
無事に中の人が外界の住人となり
朝起きて鏡を見るとお腹がぺたりと凹んでいて
数ヶ月ぶりにウエストが括れている、という夢を見ました。

ややこを産み落とした後、という設定だけが存在していて
産むシーンや肝心の子の姿はおろか、気配すら一切出てこないのは
この腹の中に育まれている人間がまぎれもなく私の子であり
間も無く私の産道を通過してこの世にやってくるのですよ、という事実に
この期に及んでもなおふわふわと
どこか現実離れした手応えを感じているから、なのでしょう。

子をずっと胎内に独り占めして慈しんでいたいという向きもありますが
私は早く子の存在をこの目で確かめたいのです。
10ヶ月もの間、誰よりも近くにいた人。
決して会うことの叶わない場所でとくとくと蠢き続け
私の中に築かれてきた一人の人間の姿を。
posted by YUKINO MATOI at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月16日

引っ越しました

「布」「次、布」「服」
「本」「本」「布」「次、本。重いから注意って」

手伝ってくれた相方の友人が箱のラベルを読み上げては運び込むたび
スーツケース一つと段ボール一つでドイツに来たはずなのになあ、と
最早半眼でただただ遠くを眺めるよりほかない惨状をどうにかクリアし
ほぼ全ての荷物は無事新居に移って残りの作業に旧居に通う日々。
妊婦の足で徒歩20分。桜もすっかり満開です。
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2008年03月12日

暗室

乳児のおむつなら取り替えたことがある。
哺乳瓶でミルクを飲ませてあやして寝かせたり
もう少し大きな子と遊んだり、手を繋いで往来を歩いたり
絵本を読み聞かせたり食事をさせたり叱ったりしたこともある。
自分が幼かった頃を思い出し
既に母になった友人とその子の姿を思い浮かべれば
自分が子と暮らすというのがどういうことなのか
思い描くのはそう難しいことではない。

ただそこに至るまでの時間と過程を
具体的に思い描くことがどうしても出来なくて
あと少しで確実に訪れるであろう、その日から先のことは
ぷっつりとイメージが途切れたまま時間だけが過ぎてゆく。

入り口を分厚い黒幕で閉ざされた真っ暗な部屋。
中で何が起こるかも、そのときどうすればいいかも知っているし
その部屋を通過してきた人の話も山ほど耳にしてきたけれど
本当のところは何もわかっていないも同然で
結局は自分の手で触れてどうにか道を探り当てるよりほかないのだ。

はじめてのこと、とは
程度の大小こそあれ常にそのようなものではあるのだけれど。
自分以外の人間の命がそこに含まれている以上
これまで経験してきたこととは
規模も内容も何か全く別の次元にあるような気がして。



経験せずとも想像力を働かせて慮るくらいの余地は
どんなところにだってあるだろう、ということも
何事も経験してみなくては解らない、ということも
どちらも本当だと思うから。

飛び込んで、この手で掴めるだけのものを掴んでみるしかないのです。
posted by YUKINO MATOI at 04:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月10日

よりによって

1ヶ月ほど前からiBookがネットに繋がらなくなり
数行のメールすら思うように打てないWindows Vistaと
ずっと渋々お付き合いしてきたのですが
加えて、中の人がいよいよ外界へ、という
桁違いに使用頻度が上がるに決まっているこのタイミングで
デジカメが動かなくなってしまって不貞腐れています。

これを機にRICOHのGXを入手できないかキティと交渉予定。
posted by YUKINO MATOI at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月07日

unsere erde(邦題『アース』)

NHKスペシャルで放映されていたシリーズ
『プラネットアース』の映画版。

佳いところから先に書くなら
なにを差し置いてもまず「デカイ」の一言。
目も眩むほど、ひたすら荘厳で過酷で美しく
ヒトの介在しない世界を切り取ろうとするまなざし以外に
一切人の手の加わったものが登場しない画面に圧倒され続ける96分間は
「日常では見られない物凄いものが見たいから映画館に行く」
という欲求を隅々まで心地良く満たしてくれて
あと1ヶ月は思うように動き回ることが叶わず
「どこか広くて見晴らしが良くて人のいないところに行きたいよう」
とめそめそしていた私の鬱屈を鎮めるのには打ってつけの映画でした。

で、佳くないところ。

人を寄せ付ける余地のない世界
人の気配から遠く遠く隔たった景色が見たくて行ったわけなので
最後のテロップはそういう世界を
無理に人間のほうに引き寄せようとしているようで
余計だし、小賢しい、と思うのです。

独題に"unsere=私たちの"という所有冠詞がついた時点で
テレビ版が視聴者のジャッジに委ねた部分を
この映画はあっさり明言する気なんだろうな、ということは
容易に察せられましたが
『プラネットアース』では放送されていた
決して美しいだけではない、鳥肌の立つような生臭さも
映画版からは消去されていたので
なおのこと白々しい仕上がりになってしまったのは本当に勿体無い。
そんなことをしなくても良質の映像作品であったというのに。

人間の目に好もしく映る種類の美しさを強調することで
地球を「かけがえのないもの」を仕立て上げようとする
その態度こそが傲慢以外の何物でもないと私などは思うのですが。
posted by YUKINO MATOI at 08:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月05日

DV

家庭内暴力、というか胎内暴力。
育ち上がってしまった子を見て「昔は可愛かったのになあ」とは
多くの親御さんが抱く感慨なのでありましょうが
今や既に中の人の一挙一動が確実に内臓を、骨格を、神経を圧迫して
もこもこ、ぴょこぴょことした小さな胎動を可愛いと思えた頃が遠い。
鳩尾に届く長いペンダントのヘッドを蹴り上げた正月に抱いた
「いささか元気すぎるのでは?」との危惧は、正しかった。
マグダフの如く月足らずで母の腹を破って出てくるのじゃあないかと。

今まで痛んだことのない部分が
感じたことのない種類の痛みを訴えるのです。
妊娠・出産とは未知との戦いの連続なのであります。
posted by YUKINO MATOI at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月03日

料理に限る

物事が捗らなくて苛々してたまらないときには料理なのです。
さつまいもを揚げて黒蜜を煮て大学イモにして
余った蜜は白玉を茹でてきな粉と一緒にからめて食べて
小豆も大鍋に一杯煮て冷凍してストック。
夕飯は鶏肉と海老と白菜と葱とフォーとナンプラーでタイ風鍋だー!
posted by YUKINO MATOI at 00:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月01日

僕らは 離ればなれ

「ユキノのことをわかってくれない人のために
 わかってもらうための努力をしてゆくこと
 それがユキノをただ消耗させるだけならば
 そんな努力、あなたはしなくたっていいんだよ」

私を楽にするために
少しでも前に進ませるために
言葉を費やしてくれた他でもないきみに9年後
こんなにも伝えたい言葉があるというのに
言葉を尽くせない自分の至らなさを恨み
共有し損なったものの多さに愕然とする。

どこから話し始めたらいいのか分からないほどきみは遠くて
君に届けたくてたまらない言葉は届くのだろうか、なんて
ただ私が自己満足で言いたがっているだけで
少しでも君のためになりそうな言葉なんて
既にもう私には持ち合わせがないのだろうか、って

悲しくないわけはないけれど
26年も生きてれば珍しいことでもあるまいし
少しだけしょんぼりして眠って忘れられるくらいに
すばらしい日々を僕は生きています。

大丈夫。それくらいのことは、大丈夫。
それでもまた君に会えるのなら、大丈夫。



一度ものもらいができると長引きやすいので早急に薬局で相談するも
なんと、妊娠中は目薬すらも点してはならない、という。
清潔にすること、痒くても擦らないこと
患部を温めること等々を指導されて
さてこれで悪化するようなことがあればどうしよう、と
左目の不快感に苛々しつつも案じていたら
あっさりと赤味が引いてきた。
前に一度目袋がぷっくりと腫れ上がって
(目病み女に風邪男、でしたっけ?あんなの嘘です。わーん)
酷い顔になってしまった頃の不摂生を思えば
+9kgの重石と暮らすしんどさを差し引いても
遥かに体にかかる負荷は少ないわけで
きちんと体を休めてアイメイクを止めてさえいれば
2〜3日で回復に向かうものなのだ。

ちょうど日本から『もやしもん』が届いて日が浅かったので
ああ今頃私の目頭で皮膚常在菌と日和見菌とが
わあわあ騒いでいるのだろうな、と想像し
苦痛と呼ぶにはあまりにも遠いものの我慢しがたい痛痒さを紛らわす。

もう、治ります。だから、大丈夫。
posted by YUKINO MATOI at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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