2007年10月31日

夕餉の前のバトン

久しぶりに頂戴しました。
こないだリンツで会ってからもう2ヶ月近く経つ
tomoさんからのバトン 。

自分のうっかりに振り回されてくたくたになって
ミシンに向かっても気が散るばかりで
今日はもう縫い物は留めて、溜めてたメールの返信とか書き物とか
ご飯の前にまとめて済ませてしまえ、という気になったときに来るなんて
また丁度いいときに来たもんです。



●あなたの性格を一言!

うっかり者で粗忽者。

●薄い顔?濃い顔?

薄いですねえ。

●背はいくつ?

158cm。

●自分の体で嫌いなとこは?

声、鼻、汗かきなところ。

●あだ名は?

あまりつけられた経験がなく、ほぼ常に名前で呼ばれます。
小さな子どもからは「あーちゃん」と呼ばれています。

●異性の好きな髪型は?

べたべたする整髪料がついていなくて
清潔だけどちょっと適当な感じ。

●背は何センチから何センチの人が好き?

158cm+ヒール分(max.11cm)以上であれば。
なお、身長よりも骨組と筋肉と脂肪のつきかたを重視のこと。

●趣味は?

古いものめぐり。
古い建物、古本屋、古着屋、古道具屋。

●特技は?

本業以外のことに首をつっこんで
多少なりとも守備範囲を広げる(つもりになる)のは得意です。

●マイミクに会いたい人は?

オフラインで会ったことのない方には一度お会いしてみたいです。
mixi以前にお付き合いのある皆さんとは全員今すぐにでも会いたい。

●淋しいと思う時は?

旅の終わり、お祭りのあと、友達と会った後別れて帰る電車の中。
楽しい時間が終わってしまったとき。

●あなたが一番したい事は?

引っ越しに備えて持ち物を減らしたい

少しでも多く縫い物をして、一番場所ふさぎな布の山を作品に変えてしまいたい

作るのはいいけど在庫の山を抱えるのはいやよ?

営業と新たな販路の開拓、もしくは展示会の開催

でも今妊婦だし当面は子ども優先だよね

大変!子どもが産まれる前にもっと広い部屋を探さなくちゃ!(最初に戻る)

●あなたが今、一番気になる事は?

引っ越し先。
最有力候補の部屋が空くかどうか返事待ち中。

●今年、一番したい事は?

ミュールーズでLa La La Human Stepsの最新作を観てから
日本に帰って正月を迎えること。
惜しむらくはLLLHSとUA×菊地成孔の追加公演@オーチャードホールが
日程的に両立不可能なこと。

●ケンカした時、自分から謝れる?

冷却期間があれば謝れるし謝りますが
たいていは先に謝られることで我に帰り反省することが多いです。

●男女に友情あり?なし?

あるのでなかったらバトンを回してくれたtomoさんと
私の間柄はなんだというのでしょう。
ただ、同性であってもうまくお付き合いできる人とそうでない人がいるように
友情というものをうまく育める男女関係とそうでない関係があることは承知しています。

●理想を5つ

1. 自分のコンディションを表に影響させないこと。
体調が悪かったり嫌なことがあったりしても
それを理由にして人を困らせたり、不愉快にさせたりしない。
2. 丁寧であること。おざなりな対応をしないこと。
3. 身軽ではあっても身勝手ではないこと。
4. 頑さとしなやかさを両立させること。
5. 自分の身体も他人の身体も大切にすること。

●理想の人とは出会ってます?

理想の条件を先に設定して、それを満たす人かどうかという点で異性を見たことは
今までに一回もありません。ほんとうですよー!
なんだか大好きになってしまった人の美点を後から並べてみたら
ああそうか、こういう人が私には理想的なのね、と気づく感じ。
だから、出会ってるってことになりますかしら。

●恋愛と結婚は別ですか?

テニスのシングルスとダブルスのようなものだと思います。
大好きな人への思いを胸に1人で試合に臨むことと
大好きな人をパートナーとして2人で同じコートに立つのとでは
そのために必要な何もかもが全く異なるのではないでしょうか。

ダブルスを組んでいるにも関わらず
1人で戦う、というようなことはもちろん可能であるにしても。

というわけで、同棲とは
「ダブルスを組んでるけど同じチームには所属しないしユニフォームも別々」
のような状態であると私は考えています。

●バトンを回してきたあの人…正直この人って?

写真に写った自分の顔がなんか変で気に入らない、というのはよくあることですが
tomoさんに撮ってもらうと不思議と好きな感じに写るので嬉しい。
今日パスポートの更新に行ってきたんですが
tomoさんに撮ってもらえるんだったらそうしてたと思う。

そして時々コメントをくれる方以外に
一体誰がここを読んでくれているのか把握し切れていないので
バトンを渡すに渡せないことに気づく。
確実に読んでくれていることはわかっていて
mixiやブログなんかの記入媒体を持っていない人もいるので
そういう人には今度直接お聞きしてみようと思います。
posted by YUKINO MATOI at 06:08| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

目を背けたくなるもの

見てしまってはとても平静ではいられないようなもの
忌避され、疎外され、目に触れないようなところに存在するもの
そういうものは「とりあえず合法的に見る手段があるなら正面から見てみる」のが
適当にのらくらしている私の、数少ない信条の一つなのであります。
ついでに言うなら
「見た内容についてさらに知る必要があればその努力を怠ってはならない」
ということも。
なぜ、それが見れない/見えないようになっているのかも含めて。

対して、母親としてせめて妊娠中くらいは
胎教を優先するべきではないのか、とは夫の弁。
『いのちの食べかた』観たいなあ、などと申し上げた暁には
大顰蹙を買うことは火を見るよりも明らかで
町山智浩さんのレビュー(ポッドキャスト配信)によれば
さすがに中の人がいる状態では鑑賞に堪えない内容であるらしいことも踏まえ
無事に子を産み落とした後で観よう、と決めています。
屠畜だけでなくて野菜や果物、穀類の生産現場も出てくるらしいですが。

パンフレットには大好きな内澤旬子さんがコラムを書いていますので
『情熱大陸』と『世界屠畜紀行』で内澤さんファンになった人は是非見てください。



町山さんのレビューを聴いた同じ日に
動物愛護団体とおぼしき人たちが
街頭でフォアグラの生産に反対するパフォーマンスを行なっていた。
小さな食卓に着かされた女性は口に漏斗のようなものを固定され
(抵抗できないように手足も拘束されていたよう。見間違いでなければ)
そこに男性がお粥のようなものを流し込んで、強制的に嚥下させる。
口の端からお粥をこぼしながら苦しそうに飲み下す姿は
とても正視に耐えるものではなく、足早にその場を後にした。

などと書くと「さっきの信条とやらはどこへ行った」と言われそうだが
是非を問うためではなく、否応の判断を麻痺させるのを目的として
物事の一面だけを切り取って、誇張して提出するというやり方が気に入らないのだ。
見ろと言われれば見るし、そのような事実があることも受け入れはするけれど
「フォアグラを食べたい」と答えることが
到底許されなくなるような状況を作るために
目を背けたくなるような事実をつきつける、というやりかたって
なんだか粗暴で、醜悪で、一方的で
そのくせ本来の意味での説得力は決して高くないと思いませんか?
posted by YUKINO MATOI at 03:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月30日

早い

胎動を感じるようになって2週間が経つ。
早い。異様に早い。
どこの本にもどこのサイトにも
初産婦が妊娠16週目で胎動を感じるようになるなどとは書かれていない。
少なくとも悪い兆候だとは思えないので、楽しむことにしている。

中の人は、ばたばたと手足を動かして遊んでいるようであったり
窮屈な姿勢をとると「せまい」と言わんばかりに蹴飛ばしてきたり
親の声に反応して体を揺すぶってみたりと忙しい。

酸素を、水を、血液を、全てを共有し合う関係。
めいめいが独立した個体であるにも関わらず
片方がもう片方をその中にすっぽりと抱え込んで
その生存の全てに責任を持ち、預かりつつ、一緒に暮らすだなんて
そんなディープな関係、妊婦と胎児以外に有り得ない。
もう折り返し地点はすぐそこまで来ていて
春までの残りの数ヶ月がひどく短く儚く思われて
1日1日が恐ろしい早さで飛び去ってゆくのを惜しみたくもあり
早くその日を迎えてしまいたくもあり、と
キーパンチしている母の心情など中の人には知る由もなく
相変わらずぽこんぺこんと賑やかであるのもまた楽しいこと。
posted by YUKINO MATOI at 07:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月29日

「みんながこんな本買って自分で作っちゃったら商売上がったりだよ!」と嘆く前に、するべきこと

ブックメッセ会場で目にした日本の出版社の手芸本は
本としての質も、紹介されている作品のレベルも高いものが多く
その充実ぶりが目の肥えた購買層の厚さを物語っているように思えて、おののく。
手でものを作るという世界は間口の広いことこの上なく
収入を得る手段では全くないにも関わらず
その気にさえなれば充分に職業足り得るほどの
精度の高い技術を持った人はいくらでもいて
そんな人たちの丁寧な「仕事」を見るたびに
自分の「仕事」との差、自分の「仕事」の質
そしてそこに与えられた金銭的な価値について
深く深く省みずにはいられなくなる。



ブックメッセ会場を後にし、人気の少ないフランクフルトの市内を少し歩き
シアトルスタイルのカフェにて友人とティータイム。
昨夏のワールドカップにベルリンで会って以来だから
話の種には事欠かないのだが、中でも印象的だったのは
彼女の友人が通っていたというデンマークの手芸学校の話。

北欧にはフォルケホイスコーレ(Folkehoejskole)と呼ばれる全寮制の学校があり
デンマークの場合、18歳以上であれば学歴や国籍を問わず入学が可能。
友人の友人が入学したホイスコーレでは
洋裁から編み物、織物に染色、刺繍の類に始まって
およそ考え得る限りの手芸の数々を高いレベルで学ぶことができる。
学校は辺鄙なところにある上に全寮制だから他にすることもなく
下界の俗事に煩わされずに技術を磨くには申し分のない環境ではある。
なにしろ針と糸さえあればいくらでも寝食を忘れられる人達の集まりなので
研修旅行のバスのなかでも皆うつむいてちくちくちくちく手を動かしているのだとか。

では私はその針と糸さえあれば、の人であるかというと決してそうは思わない。
布や革や紙やビーズが自分の掌の中で形を変えてゆくのは大好きだけれど
それは自分や誰かの頭の中にあるもの、未だ形を与えられていないものを
自分の手で具現化してゆく過程が楽しいのであって
作業そのものが好きなのとは少し違うのだ。
構想と設計と制作との境界線が常に自分の中で曖昧だから
結果一人で全部やっているけれど
もし役割を上手く分担してくれる人がいたら
自分の技術の及ばない部分は遠慮なくその人に任せてしまうだろう。



仕事にはせず、自分の楽しみとして済ませることのできるようなことを
仕事として敢えて選んでいるからには
何故それが自分の「仕事」なのかに簡単に答えを出してはいけない。
働いてお金をもらうのに、他のことでは何故だめで、何故それを選んだのか。
決して多くはなかった可能性の中で
たぶん一番上手くやれそうだったことを選んだつもりだったけれど
見回せばいくらでもいる比較対象の中で
自分がある程度は非凡であるのかもしれない、とは思えても
傑出して優れているとか、選ばれるに値する存在である、と思えたことなんて
私を評価してくれる人に対して申し訳なくなってしまうほどに
本当は一度だってないのだ。

子どもが産まれようと母親になろうと
行けるところまでは行かなくては。
posted by YUKINO MATOI at 08:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 考え事の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Frankfurter Buchmesse

うかうかしているうちにもう2週間前のことになってしまった
Frankfurter Buchmesse。
昨年は「行きます」と予告だけして
その後のレポートは結局書かずじまいだったのでした。



まだ出会っていない唄が多すぎて
その全てを聴き尽くすことなんてできなくて
そのなかに大切な出会いが埋もれているかと思うと
絶望感でいっぱいになってレコード店で頭を抱えてしまう、と
少し前に友人がmixiの日記で書いていた。

例えそれが砂漠で砂金を拾い集めるのに似ていようと
一粒一粒の唄を、たゆまず、愛情を持って検分してゆくこと
絶望が深ければ深いほど、結局はそうするしかないのだよな、と
スクリーンの向こうで私は思った。とても冷静に。

だけどごめん!そんなあなたの絶望を
「気持ちはわかるけどね」だなんて、一瞬でも思ってごめん!
会場を埋めつくす書架の波に呑まれて
絶望で頭抱えるどころか不整脈起こしてぶっ倒れそうだったよ!



昨年見て回ったのは主に古書と美術書、手製本と紙のブース、コミックコーナー。
デザインの秀逸な書架やソファ、絨毯など書斎向けの調度品が展示されていたり
ポストカードや栞、手帳、筆記用具をはじめとして
書店のレジ回りでよく売られているような文具や雑貨のブースがあったり
カフェ併設型書店への提案として食器やドリンクのブースがあったりと
そのカバー範囲の広範さに驚きつつ足を棒にして歩き回る。

今年はまず会場に入らずに、正面エントランス前で開催される古書市に。
古いラベルや新聞、雑誌の切り抜き、ファッションプレート
文化学園図書館のデータベースなどで見られます)
もう製本の解けてしまった図鑑などなどを商う店がとても魅力的で
山ほどあるファイルをひとつひとつ捲りながらじっくり品定め。
いい加減な古本屋のようにまとめて箱に突っ込んであればいいのですが
丁寧なことにこの店は管理がしっかりしているので、そのぶん割高。
ファッションプレートは特に単価が高いので
資料としては買えないなあ、絵として惚れ込んだ1枚でなくては
などと飽きもせず眺めていると携帯が鳴る。
待ち合わせていた友人が別の入り口にいるらしいことが判明し
中で合流することを決めてチケットを購入、入場。



落ち合ったのは国際出版社フロア、雄鶏社のブースにて。
ここは昨年全くノーチェックだったのだけれど
数十の国と地域から翻訳も解説もされていない剥き出しのままの本がずらりと並び
普段触れる機会のない言語が活字になってめいめいに自己主張しているのが興味深い。
一つ一つをゆっくり眺めるほどの時間はなくて、急ぎ日本コーナーへ。
そこだけが日本の書店のように懐かしい一角で
合流した友人と精緻なレース編みの本やリネンを使った手芸の本にどきどき。
センスが良くて説明が適切で、かつ「いかにも手作り」な仕上がりにはならない
そんな良質な服や小物の本になかなか出会えず試行錯誤し
Zipperの手作り特集と装苑くらいしか頼るものがなかった10年前に比べると
ここ数年で手芸本のレベルは比べ物にならないほど上がったと感じる。
ベビー服の本をざっとチェックし、日本で買う目星をつけて次のフロアへ。

見本市ゆえに本は見るだけで買えないと思っていたブックメッセですが
来てから判ったことには、見本として並べられていた膨大な本を
多くのブースでは最終日に販売に出すのでした。
しかも場合によっては書店よりもお安く。
ブースにもよるでしょうが数日間の展示の間
書店の平積みとは桁違いの人が手に取るわけで
そんな本、持って帰っても新本としてはもう売れないのでしょう。
送料払って送り返すくらいなら捌いてしまえとばかり
各社のブースからみるみる本が消えていくのを横目に軍資金の乏しさを悔やみました。



前回まである程度の手荷物は持ち込めた古書コーナーが
今年からはほぼ手ぶらで入らなければならなくなっており
クロークが長蛇の列だったため、今年は断念。
美術書と手製本のエリアは去年見て良かったブースを中心に
新刊やカタログ、新しく創刊されたレーベルなどおおまかにチェックし
手漉きのエンボスペーパーや革製本の実演にじっと見入る。
極めて拙くはあるものの自分でも時々本を綴じるし
印刷・製本に明るい友人や造本家の知己が増えたので
革を貼ったり箔を押したりすることは未知の技術ではなくなっているけれど
本を読んだり人に聴いたりするだけでは絶対にわからない細部や
説明だけではつかみ切れない微妙な勘所などを間近に見ることができて勉強に。

紙を数種、文具を少し仕入れた後で
ライプツィヒで毎年選ばれる「世界で最も美しい本」コンクールの
受賞作・ノミネート作を閲覧。今年はここに集中力と体力を注ぐ。
大判の写真集や画集、特装本の類にはあまり目が行かず
文字の多い文芸書や学術書、ペーパーバックなどのありふれた本に惹かれる。
どこの書店ででも手に入るわけではなく、部数も多くはなく
印刷に凝ったり上等の紙を使ったりと麗々しく仕上げて
結果価格が法外に高くなっても確実に好事家は買う、というような本は
それはそれは卒倒するほど美しいし一も二もなく賞賛に値するものだし
関わった人たちの才能と技術と情熱の結晶、という点では確かに傑出しているのだけど
諸々の制約の多い中で読みやすさと美しさ
内容を正しく踏まえた体裁などがきちんと調和した本の好ましさもまた
惜しみない賛嘆に値するものなのだ、ということを再確認。
妊婦として、展示台からいかにも重そうな本を取り出して運び
書見台が空くのを立って待ち、目を通し、メモを取り
またよたよたと返却することの繰り返しを避けたかったというのも理由の一つ。



閉場ギリギリまで会場に残り、外であらためて友人とお茶を楽しんで帰路につく。
量こそ昨年よりもずっと少なかったけれど、1冊1冊と過ごした時間は濃密で
収穫の多かったブックメッセでした。
posted by YUKINO MATOI at 05:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月20日

原型に向かって「似てる」というのは間違っている、が

13週目の胎児をモチーフにした
お馴染み明和電機サバオくん(オフィシャルショップでは販売終了)ですが
16週目をまもなく過ぎようとしているうちの胎児の正面3D写真を撮ってもらったら
その顔といい顎のラインといい、まさしくサバオ!で驚きました。
首にぐりぐりとアンビリカルケーブルコードを巻き付けているのは
母に似て巻き物が大好きな様子。最近ぐっと寒くなったしね。



最近は知らない人にも「おめでたですか?」と聞かれるほど
お腹がぐっと出てきたのですが、体重はほとんど増えていなくて
代わりにいろんなところの肉付きが少しずつ薄くなってきた模様。

という話を母に伝えたら
「それ体重計が壊れているのよ、ちゃんと測りなさい」と猛抗議。
母の世代は「子と二人分食え」が当たり前で
独身時代に着ていた服は産後相当に努力しない限り
二度と着られなくなるのが当たり前だったからなあ。

なんの、体重は子の分しか増やしませんし
身籠る前に着ていた服は全て、産後も是が非でも着てみせますよ。
スカーレット・オハラだってウエストを20インチまで絞ったんだから!
posted by YUKINO MATOI at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月18日

「仕方ない』という言葉は嫌いだと云ったあなた、お元気ですか?

11月の下旬か12月の上旬に展示会をやるという知人に便乗して
それならば会場のすみっこに居候させてくださいな、と
約束を取り付けたのは9月のはじめのこと。
が、それからしばらくして彼女から届いたメールには
大型の新規注文を受けた旨、そのために展示会のための時間が取れなくなった旨
よければ代わりのギャラリーを紹介する旨、などがしたためられていて
察しの悪い私は彼女の遠回しな「中止」の意向にはろくに気づかず
あれこれと代替案や縮小案などを練っては打診してみたのだけれど
何かにつけ婉曲な彼女とは電話で話してみるまでは話にまとまりがつかず
やや苛立った声を聞いてようやく「この件はなかったことに」で合意。

フリーでものを作る仕事をして、それで食べていっている以上は
彼女がどちらを優先しなければならないとしたら
フタを開けるまでどの程度の入りがあるかわからない展示会よりも
労働に見合った対価を確実に見積もることのできる大型注文のほうであろうし
それと先にあった約束とを両立できるかできないか
彼女が判断したことに私はとやかく言う権利はない。

だからってまるでがっかりせずにいられるほど前向きにできていない私は
本来展示会に充てられるべきだった構想とエネルギーとを持て余している。
元々彼女のアトリエを借りられることを前提に進めてきた企画だったし
紹介されたギャラリーは私には分不相応に広く、その分賃料も高く
身一つならともかく、近頃とみにお腹が目立つようになった今の状況では
一人でその空間に見合うだけのものを作ることはとても出来そうにない。

ただ、嬉しいことには、こちらもこちらで仕事が途切れることはなくて
制作に充てる時間はいくらあっても足りないくらいで
余裕を持ってそちらに集中できるようになったのは悪いことではなく
展示予定だった作品を別の形でリリースすることなども考えつつ
一つ一つ積み上げられた布の形を変えながら短い秋の日を過ごす。
posted by YUKINO MATOI at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月15日

冷静に

「長崎に帰りたくない。お兄ちゃんは悪くない」
http://www.excite.co.jp/News/society/20071015150000/20071015E40.061.html

少女を上手く言いくるめて勾引すなんぞけしからん
どうせよからぬことが目的なのに決まっている、と
頭から決めつけることなく一歩引いて見ることの出来る方のみ
以下お読みください。

続きを読む
posted by YUKINO MATOI at 21:03| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月14日

言葉でそれを名づけること

「空海さま、あなたは、この世で一番大きなものは、
 何であるとお考えでございますか?」
 女が問う。
 それを受けて、
「言葉でしょうね」
 空海が答える。
「それは何故ですか」
「どのような大きさのものも、言葉でそれを名付けることによって、
 名という器のなかに収めることができるからです」
「言葉で名づけられぬほど大きなものがあるのではありませんか」
「では、それがあるとして、それが何であるかを、
 あなたはわたしに説明できますか」
「できません。何故なら、私が、あなたにそれを言葉で説明した途端に、
 それは言葉より小さいものになってしまうからです」
「ですから、わたしは、今、それは言葉だと言ったのです」
「では、空海さま。あなたは、この世で一番小さなものは、
 何であるとお考えでございますか?」
 女が訊いた。
「それも言葉でしょうね」
 空海が答えた。
「それは何故ですか」
「どのような小さいものも、言葉でそれを名づけることによって、
 それを人に言葉で示すことができるからです」
「言葉で名づけても、その言葉の網の間からすり抜けてしまうほど
 小さなものがあるとは思いませんか」
「では、それがあるとして、それが何であるかを、
 あなたはわたしに説明できますか」
「できません。
 何故なら、私が、あなたにそれを言葉の網ですくいあげて見せた途端に、
 それは言葉よりも大きくなってしまうからです」
「ですから、わたしは、今、それは言葉だと言ったのです」

(夢枕獏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す 巻ノ一』)
posted by YUKINO MATOI at 02:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月11日

マタニティ・ヨーガ

相手が必要な球技だの格闘技だのの類よりも
1人で黙々と続けられるジョギングや水泳のほうが好き。
自分の体に意識を集中することで体内がクリアになってゆく感覚が好き。
ならばヨーガもなかなかに私に向いているのでは、と思い
妊娠を機に前から通ってみたかったヨーガ・コースの門を叩く。



ぽかぽかと日当たりの良い板張りの床にマットを敷いて
瞑想に始まり瞑想に終わる2時間。
一つ一つの体操自体は決して大きな負荷をかけるものではないけれど
緩慢な動作の繰り返しのなかに程良く抑制された心地良い緊張感がある。
最後は起き上がって座すか、横になったままでの瞑想。
疲れが溜まっているとここで寝てしまう人もいるが、それはそれでいいらしい。
実際に眠りが訪れなくとも、温かい海でゆらりゆらりと泳いだあとで
ぬくぬくとした畳の上に寝転がってぐっすり眠るような安らかさにはかなり満足。
寝足りたあとのように頭も体もすっきりとして気分がいい。
週1回の贅沢な午睡のようだ。

二児の母だという先生が骨格といい筋肉の付き方といい姿勢といい
ものすごく私好みの素敵な方だというのも励みになる。
腰回りがすっきりとして、身のこなしがしなやかで、無駄がない。
何の魅力も感じない人から何かを教わろうとしてもやる気など出ないのだ。
例え教わろうとしているその分野以外ではろくでもない人だったとしても
少なくとも、教わりたい、と思うその点においては
くっきりとした非凡さをたたえた人、というのが理想だと思う。

posted by YUKINO MATOI at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月08日

わがままなほうがいい

父と母と父の従姉妹とそのお連れ合い、計4名という
なかなかの大所帯をご案内して1週間。
ミュンヘンとその周辺、そしてオーストリアを旅してきました。

初回との最大の違いはたぶん
空港で見送って、一人で帰りの電車に乗り込んで
ガタゴトと良く晴れた午後の空を眺めていたときに
自分の身の回りが急にスカスカしてしまったような
一抹のさみしさを覚えたことでしょうか。
「やれやれ終わったさあ帰ろう」という安堵感ではなく。

ドイツ生活3年目にしてようやく辿り着いたオクトーバーフェストとは
後顧の憂いなく酒の飲める状態でなければ少しも楽しくないどころか
(当たり前ですね)
むしろ人いきれと酒臭さと食事の匂いとが
なかなかつわりの終わらない身に堪えて仕方なかったこと、とか
子どものようにはしゃいで歩き回る壮年4人を
ときとして扱いあぐねてしまったこと、とか
時折見かけては「嫌だなあ」と思っていた日本人旅行者の行動と
そっくり同じことを彼らもまたしてしまうのに呆れてしまったこと、とか
そんな困った出来事を全部差し引いても佳い旅ではあったと思い
自分の狭量さ気短さ配慮の浅さを鑑みつつも満足しています。

「とにかくバイエルンのビールを飲みたい」という全員の意志と
「サウンドオブミュージック」の舞台を訪れたいという母の熱望によって
今回の実現した旅行だったので、優先順位と目的がとてもはっきりしていて
どこでもいいけどドイツで1週間ほど楽しみたい、と言われた前回よりも
はるかに案内しやすかったのが勝因と言えば言えるのかも。

そして2年に1度のヨーロッパ旅行が恒例化しつつある(主に母親の)目論見は
次回はスイスかイタリアあたり、南仏もいいわねえ、というもの。
首都はスルーしたままで良いのだろうか。
posted by YUKINO MATOI at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅のことードイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。