2007年01月31日

首に注意。風が吹くと持っていかれます

パリ・オートクチュール、2007年春・夏コレクション。
Ricardo Tisciをインスパイアしたのは
芸者でも聖母像でもバロックスタイルのコスチュームでもなく
なんと「笑ってコラえて」の所ジョージ氏なのです。間違いありません。
だって帽子が!
posted by YUKINO MATOI at 03:23| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月28日

私信

あなた以外の人がこうなのだから、あなたもそれに倣え。
他の人が耐えているのだから、あなたにも耐えられるでしょう。

それくらいはよくあることだ、とか
誰しも多かれ少なかれ背負っているものだから、とか
辛いのはきみだけじゃないよ、とか
そうやって辛さや苦しさや悩ましさを一般化したところで
一体何になるのだ、と思うのです。

特別ではない、ありふれた痛みに過ぎないとしても
それを引き受けているのは他の誰でもないその人自身なのに。



上記の理由により励ましの言葉にはなり得ない可能性を大いに承知しつつ
以下、書きます。

道を一旦見てしまったら、きっと死ぬまで視界のどこかに道があるのです。
遠くても、近くても、いつでもその道には行けるのです。
今、たった今立っているここからでも道は見えています。
あなたの見ている世界とわたしの見ている世界は違う世界ですよ、という
大大大前提を踏まえた上で敢えて言いますが
あなたとわたしの見ている道は同じ道なのです。
あなたの行ける場所には私だって行ける。今すぐにでも。

だからこれは、励ましではなくやや脅迫めいた警告、なのでしょう。




posted by YUKINO MATOI at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月17日

ものさしはたくさん用意しましょう

なぜって、部屋が散らかりすぎていていつも行方不明になるので
ちょっとそのへんを探せば必ずある、という状態にするために
たくさん買って部屋の要所要所にばらまいておくのです。

という話ではなく。

物事を判断する尺度はなるべくたくさん用意しておきたい、という
個人的な信条の話。
右からでも左からでもメートル法でも尺貫法でも判断が下せるようでありたい。
一つの目線でしか物事が見られないのは落ち着かないのであります。

だから一つの目線でしかと物事を見据えていて
かつ揺らがない人というのは
私にとっては畏怖と尊敬と敬遠の対象なのです。
最上級の敬意は持っています。でも憧れない。

(一つの目線で、と書きましたが
 一つの目線を持つ、ということと
 物事を一つの側面からしか見ない、というのとは
 言うまでもなく本質的に別であります)

きっと自分が自分に反証できることで安心したいのです。
自分に落ち度があるのなら、自分が一つの面しか見えていないのなら
それに気づくのは誰よりも先にまず自分自身でありたい。
そのために何人かの自分で率直に各々の穴を埋めてゆくこともあれば
折衷案を出したり殺意を抱くほどに反目したり
あるいは貶し合ったり騙し合ったり目をつぶったりで
ときにはあまり穏やかでないこともあります。
自分で自分を覆すのは痛いけれど覆したほうの自分には快感なので
へこむ反面とても気持ちが良いのもまた確か。

逆に、考え得る全ての反証を試みても覆せない、そのことにも安堵します。
己に問うてみて、全ての自分の回答が揃う。安堵します。
しかも自分の人数が多ければ多いほど。

なるべく多くの問いを立てて
その一つ一つになるべく多くの面からアプローチしてゆくこと。
時間も労力もかかるしエレガントでもないけれど一番信用できる。
これからもよほど差し迫ったことがない限りそうするでしょう。



新年から(それこそ年の明けた十数分後から!)チェスを始めました。
攻め方も守り方もろくにわかっていないので
一つ一つの可能性を検証していっても
時間がかかるわりにはどこかに必ず抜けがあって、負ける。
面白いけれど、弱い。面白いほど弱い。
誰か相手してくださいナイト抜きで。
posted by YUKINO MATOI at 07:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 考え事の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月15日

覚悟を決めているときに限って何も起こらない

まあそんな気はしてましたよ?
転勤だの単身赴任だの、いや2人で引っ越しだの言いながら
あっさり後任者が決まってさっくり引き継ぎして
デメルのザッハトルテ持って帰ってくるんじゃね?みたいな。

まったく綺麗にその通り。

不在中に読んでいた本の内容が
不在中のふわふわした心許なさを見事に直撃して
思うところの多かった1週間でした。



パリ行きのチケットは高いか安いけど発着時間が中途半端かのどちらかで
前回、夜の地下鉄車内で危うくジャンキーに襲われるところだった恐怖は忘れ難く
まともな時間に移動してまともな宿に泊まろうとすると財布が悲鳴をあげるので
泣く泣く近藤さんに別れを告げることにしました。
キティが帰って来るのなら最早ザルツブルクに今から行く理由もなく
週末は腰を落ち着けてpretty uglyを楽しむことにします。

今年こそ今年こそ今年こそはなんとしてもArs Electronicaに行きたいし
2007年はDocumentaの年でもあることですし
フライブルクにいようがザルツブルクにいようが
大きな意味でのやるべきこと、やりたいことは大して変わらないのであります。

何も起こらなかったことで弾みがつきました。
行けるところまで行ってみます。





posted by YUKINO MATOI at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月12日

お蝶夫人の言葉

負けることを恐れるのは、およしなさい。
それより、負けることを恐れて力を出し切らないことこそ恐れなさい。


寒いどころか生温かくすら感じる空気の中
雨も雪もほとんど降らない空の下
強風にあおられて飛んで行きそうです。

飛ばされるのは怖くないのです。

せいぜい2〜3ヶ月より先のことはわかりませんなどと書いていたら
2〜3週間、いや来週末の予定さえ立てられなくなりました。

パリ行きの手頃なチケットが見つからず
コンドルズのチケット予約先にはフランスの電話番号しか載っておらず
フランス語で電話なんて!無理!拙い英語を駆使する?
ああでも日本人ダンサーを招聘するくらいだから
日本語のできるスタッフいるかなあ?
それともチケット無くてもとりあえず会場まで行っちゃう?
え?何?来週はpretty uglyがフライブルク来るの?えええ行かなきゃ!
キティのザルツブルク長期滞在の話も現実味を帯びてきて
来週頭までに目処が立たなかったら引っ越しもしくは単身赴任かも。
日々少しずつ状況が変わるので
いつでもどこ行きのチケットでも取れるように財布を握りしめる。
どっちにしろここ2週間で片付けておきたいことは山のようにあって
同時進行でまるで違う作業が展開されている部屋は
一緒に住んでいる人間がいないために遠慮なく散らかし放題荒れ放題。

世の中には好きな人やものが多すぎて
こんなときには糸の切れた凧のよう。
どう転んでも大変だけれどどう転んでも楽しみ。
大丈夫。どこに飛んでも怖くない。たぶん。


posted by YUKINO MATOI at 08:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

揺れています

日本の家だったらわかるのです。
実家は木造でしたし
一番長く愛着を持って住んだ桜上水の部屋は軽量鉄筋造でしたから。

はるかに厚くがっちり作られているはずの
ドイツ・フライブルク市はヴィーヒェルト通りのこの家が揺れているのです。
強風で。

陽気がおかしいおかしいと
挨拶代わりに言うようになってしまって久しく
天気予報の「平年並み」の平年がどのくらいなのかわかりません。

ベランダの水仙とアヤメは
異様に暖かい日が続いた10月のある日にうっかり芽を出して以来
11月も12月も少しずつ少しずつ育ち続けて
まだ1月の上旬だというのにそろそろ蕾さえつけそうな気配。
初めの頃こそ健気な緑を眺めては
寒いのに頑張って生きてるなぁ、冬を越せるかなぁ、などと見守っていましたが
本当にこのまま冬を越すのかこの子らは、と思うと少し怖かったりもします。
posted by YUKINO MATOI at 08:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月11日

北か東か

案の定キティは帰宅の目処が立たず
このまま数ヶ月ザルツブルクに滞在するかもという話まで。
来週末あたり私も一度行っておこうかしら、と思っていたら
来週末はコンドルズがパリ公演中なのでした。

e+から「ヨーロッパ凱旋公演」のお知らせが来なければ
危うく見落とすところでしたよ。

しかしロンドン・パリ・ローマときたらベルリンでも公演しませんか?ねえ?

北か東か。夫かコンドルズか。
そういえばフランスもバーゲンの季節だわね。
posted by YUKINO MATOI at 19:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月08日

エスターライヒ

昨夏、頂き物のbasso『クマとインテリ』を読んで
いやんイタリア行きたい、と熱を上げていたら望みが叶ったので
年末に届いた高野史織『ムジカ・マキーナ』を読んで
オーストリア行きたいって願ったら叶うかしら、と東へ思念を送っていたら
夫だけ急遽行くことになりました、しかも無期限で。

えー。

早ければ週末には、遅くとも2週間もすれば帰ってくるはずなのですが
リミットの決まっていない出張は前例がないので戸惑っています。



話は逸れるけれど『クマとインテリ』は
登場人物からして明らかにローマを舞台にした話だと思うんだけど
街の空気や建物の雰囲気がミラノにしか見えないの私だけでしょうか。



何の指針もあてもなく待つのはきらい。落ち着かない。
お妾さんには向かない体質ということかしら。
posted by YUKINO MATOI at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月04日

あけましておめでとうございます

本年もよろしくお願いいたします。
皆様の健康とご多幸をお祈りいたします。



ドイツに来て初めて家で年を越しました。
惰性で過ごさないことと、もっと身体を鍛えるのが今年の目標
と思いつつ新年早々かなり力が抜けています。
年が改まった感が今まででいちばん薄い正月かもしれません。



近い未来のことについて具体的なイメージを持つのは難しいことではないが
少し遠い未来のことについて具体的にイメージするには補助線が要る。
さらに遠い未来のことについては遠慮も根拠もなく想像力を働かせる。

1年くらい先、来年の正月頃のことをイメージするのが一番難しい。
補助線と呼ぶに値するものが特に無いからである。

物心ついたときには一応「学校」という最低限の枠が目の前にあって
そこで起こり得る出来事を想定することが
そのまま未来を想定することだったけれど
学籍も定職も貯金も航空券もなくて
配偶者と住まいはあれどその配偶者の行く先も未定
従ってせいぜい2〜3ヶ月より先のことはよくわかりません、という状況。

とはいえ学生だったときに「思い描いていた未来」でさえ
「どこで何を生業としどのように過ごす」という現実に根ざしたものではなく
それは「なんとなくこんな感じで」というふわふわとした願望や
あるいはずっとずっと先の未来に対しての無責任な憧れでしかなく
最低限そのときの自分に保証されていたものを取り払ってしまえば
結局今と大して変わらなかったことにすぐ思い至る。
なにしろあれは高2の冬、なぜか急に食器に取り憑かれてしまい
志望校も絞り込まないうちから「卒業したら家を出る」ことだけを決めて
パスタ皿やサラダボウルを買い溜めていたくらいだから。



今年はどっちに転ぶかな、と楽しんでいるあたりが堅実性ゼロたる所以。
「去年の暮れはよかったよなぁ」
と口にする年の末にならなければよしとしたいと思います。



posted by YUKINO MATOI at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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