2006年10月27日

彼女できました

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2006年10月23日

Take Me Somewhere Nice

どこかすてきなところへつれていってください。
もっと見晴らしのよいところへ。
ここよりはいくらか煩わしさの少ないところへ。



二日酔いの朝、いくらか胃も癒されて厭世的な昼、晴天。
どこかすてきなところへ行こうと映画館をハシゴする日曜日。



"Die Erde von oben"

ヤン・アルテュ・ベルトラン・スライドショー。
映画をスライドショーと呼ぶのには通常あまり肯定的な意味ではないが
比喩でも皮肉でもなく、これは数年前に日本でも展覧会が催された
『空から見た地球』の写真を音声とともに編集した作品である。

航空写真、と呼ぶにはあまりに地表に近く
高所から睥睨するのでも眺望するのでもなく
丹念につぶさに地上の光景を拾ってゆく目線。
まぎれもなく「高いところ」から「低いところ」を見ているのに
広角に捉えられた景色は垂直方向の力を感じさせず
どこまでも広く遠く見渡すように平らか。
静止画に対してのズームイン・ズームアウトやスクロール。
焼き付けられた画像の上をゆっくりと横切るカメラが
ヤンの視線を追体験させる。

写真を撮ることは、その瞬間に世界を
撮られる部分とそうでない部分とに選別することに他ならないのだが
「選ばれた」写真の示す立場はひどく公平で分け隔てがない。

写真展や写真集のように任意の写真の前で立ち止まることは
ここでは許されていない。

どこにも立ち入らず、どこにも加担せず
のめり込むのではなく、諾々とただ眺めるのでもなく
世界の断片のそれぞれに少しずつ周波数を合わせてゆくこと。
黒々とした水面に群れる南国の鳥も
涸れかけた湧き水に列をなす駱駝も
残照を浴びる在りし日のWTCも
砂色の家がひしめく砂漠の街も
みな等しくそこにある(あった)のだと知ること。

「この世界は見方さえあやまらなければ、とてもきれいなのだ」
(大原まり子『ハイブリッド・チャイルド』)




他メディアの原作を映画化した作品として
元の素材を変にいじくりまわしていないあたりも含め
佳作と呼ぶに値する映画だと思います。
尺も90分と少しで、丁度良い匙加減。

低く優しいドイツ語ナレーションが子守唄のように響き
その意味には耳を傾けずに観ていたからこその感想かもしれません。

日本語は望むと望まざるとに関わらず
ある程度は勝手に目と耳が掬いとってしまうけれど
外国語は意識して拾うか拾わないかの切り替えができるのが
便利なところであり言葉が完全には身についていない証拠でもある。



" LAST LIFE IN THE UNIVERSE "
(邦題『地球で最後のふたり』の独仏字幕版)

浅野さんまた首吊っすか。

自殺願望の男、それも過去に苛まれるのでもなければ
未来に絶望するのでも借金苦でもなくただ死にたがっている男が
女と出会い共に過ごすことによって生きてゆく気になる、という
なんとなく『白痴』を思い出してしまうお話。
すっきりなのかもっさりなのかはっきりしない浅野忠信の佇まいが既視感を呼ぶ。

バンコクの日本文化交流センター内にある小さな図書館で働く
潔癖性、整理整頓狂、自殺願望者のケンジと、イメクラで働くノイ。
橋の欄干によじ登って身を投げようとしていたケンジの目の前で
ノイの妹が車に撥ねられて死んでしまい、2人は出会う。

ソファで体を寄せあって眠る彼らは、愛を語らない。
いくらかドラマチックな事件は起こるものの
それが彼らの上にもたらす作用はほとんど描写されない。
ケンジは黙々と食器を洗いノイの下着を洗い風呂に浸かり
ノイはソファに長々と寝そべってテレビを見ては煙草を吸う。

命に関わるほどの暑さも寒さも襲って来ない国
年中ただゆるやかに蒸し暑い南方の国での小さな出来事。
『白痴』に用意された戦争そして空襲という大仰な書割に比べ
この映画のそれはとても地味で穏やかで、そして少し寂しい。

もたれあったりしない。傷を舐めあったりしない。
「彼が/彼女がいたから救われたのだ」とは、語らない。
欠け落ちていたものが満たされてゆく過程を
ことさらに修飾してみせたりはしない。
ケンジが家の中を整え、その部屋でノイがくつろぎ
また部屋を散らかす、そして夜には2人で温かい食事をする。
気ままな猫と暮らすような、それだけの関係が2人をつなぎ、生かした。

この映画の最も美しいところは「それだけの関係」を
徹底的に「それだけの関係」に突き放して描いたところ。
「それだけの関係」を、例えば「平凡でささやかな生活にこそ幸福がある」と
わかったような顔をした常套句に落とし込まないところがまことに素晴らしい。
無理に美化したり説教臭くしたり感動させようとしたりしなくても
ひとの生きる意志を呼び覚ます力は「それだけの関係」の中にも
「全米が泣いた愛の物語」の中にも、等しく宿るのである。

だからこそ「それでも救われない人」がいることが一層悲しいのだが。



そこにある出来事に対し、しっかりと目と肌とでそれを捕捉しつつ
一定の距離を保って深入りも過大評価も余計な意味の付加もせず、と
恬淡としているようで実はとても集中力が注がれている映画、2本。

" LAST LIFE 〜 " の後、タイ料理の欲望に取り憑かれてしまったので
ラストオーダー直前のタイレストランに駆け込んで
甘いお茶とライム風味のチャーハンで締める。
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2006年10月03日

愛書家・印刷物愛好家のみなさまへ

一度は行っておこうと思っていた世界最大級の本の見本市
Frankfurter Buchmesseに今週末行ってきます。
最大の難点は「その場では本が買えない」ことなのですが
カタログが何冊かリリースされているし製本のブースもあるみたい。

どんなところなのか見るだけで終わってしまいそうだけれど
紙とインクの匂いをしっかりと吸い込んできます。
posted by YUKINO MATOI at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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