2006年06月29日

それに対して払われるべきものについて

濃くて強くて舌がしびれる化学調味料の味。
嚥下したあとに残る、合成甘味料の奇妙な苦み。
手頃な価格で品揃え豊富で流行もきちんとおさえているかわりに
生地も縫製も決して上等ではない、東欧やアジアで量産された服。
1ユーロショップに転がる鮮やかなプラスチックの家庭用品。

安物は買わないとか、質のいいものしか買わない、と心がけることは
そういう品物と遠く距離を置いて暮らすことでは必ずしもない、と思う。

色褪せたぺらぺらの化繊のブラウス。粗いミシン目がほつれかけている。
愛着があってどうしても捨てられないから直してほしい、と頼まれた。
長く着続けてゆくことのむつかしい服だということは承知で
でもその水玉模様にはなんともいえない涼しさがあって
それを買わずにはいられなかった彼女の選択はきっと、正しい。
どこかの工場でそれにミシンをかけていた人の手があったことを思う。
その服を縫った彼女はどんな服を着ているだろう、と思う。

財布と相談しながら自分で選んで手にとったものを
なるべく気持ちよく味わうとかきちんと愛着を持って使うとか
そういうことをなるべくストレスなく続けてゆく。
ものを作る人間として、心がけるとしたら、きっとそういうこと。
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2006年06月28日

きっとまた6月に

素手クマ

ベルリンを一望できる国会議事堂のガラスドームに初めて登って
国会議事堂の真正面(!)に出来たadidasの特設会場でサッカー観て
ブランデンブルク門の前でやる気のないクマと出会って
ちょっと郊外にある布問屋とKaDeWe地下とで
布とボタンとレースをしっかりと購入して
ポツダム広場でもサッカーを観て
ユダヤ人犠牲者慰霊碑を観てユダヤ博物館にも行って
微妙な中華料理と美味しいベトナム料理とこってり台湾料理を食べて
ベルリン名物の真っ赤なシロップ入りビールを飲んできました。

涼しげな日傘を差してナビゲートしてくれたのはベルリン在住の晴さん。
時間がなくて教えてもらったところ全部に行くことは出来なかったけれど
久しぶりにチャイも抹茶ラテも飲めたし
団地のような殺風景なビルの中にあった布問屋では
絶妙な色合いのボタンや布を手に入れて過ごす幸せな時間は
なにものにも代え難いものでした。

自分の好きな街で、好きな時間の過ごし方をして
そこに住んでいる好きな人とそれを共有できることの充実感。
晴さん、ありがとうございました。
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ユダヤ博物館

ダニエル・リベスキントの設計による巨大なコンクリートの塊。
美術館や博物館の類で、建物や展示の方式について
ここまで徹底して意味付けをしているところを私は他に知らない。

無機質で歪な形をしたこの建物の廊下では
その前半部、水平と垂直とが緩やかに狂った狭い壁と床と天井が
静かな目眩を引き起こす(京極堂まで行く坂道と同じだ)。

49本のコンクリート柱が碁盤の目状に林立する「亡命の庭」。
ここでもまた、地面も柱も互いに微かに傾ぎ合って
ただでさえ不確かな足元をさらにくらりとさせる。
柱頭に植えられたオリーヴの木の緑でさえも
めくらましのように頭上にちらちらと光るだけで
樹木の瑞々しさや安らぎを感じさせることはない。

平らで真っ直ぐな空間を求め、重い真っ黒な鉄の扉を開くと
微かに光が差し込み、外界の喧噪がすぐ近くに聞こえる他は
灯一つないコンクリートの空間「ホロコーストの塔」。
数箇所に空いた直径数センチもない穴は
その壁がとほうもなく厚いことを思い知るためだけにある。
人を絶望させるために計算された高さで黒い天井が多い被さる。

挑発的なピンク色のネオンで染められた
フロイトの企画展会場の前を通り過ぎ、長い階段を登ると後半部。
もう傾いた廊下でふらふらすることはない代わりに
不規則に、ときに鋭角に折れ、階段を上り、下り
スリットのような窓から唐突に外の景色がのぞき、と
まるで終わりの見えない曲がりくねった展示室を黙々と巡りながら
旧約聖書の時代に遡ってユダヤの歴史を辿ることになる。
写真一枚、キャプション一つ展示するのにも
フェナキスティスコープ風の巨大な円盤や壁一面の風車の羽
ダイヤル錠のように横一列に並んで転がるドラムなどが用いられ
地に足をつけて立つことも静かにじっと横たわることも
回転の軸を離れてどこかへ行くことも出来ない状態が
出口の見えない中で繰り返し繰り返し示される。
繰り返し、繰り返し。くるくるくるくる、くるくるくる。
posted by YUKINO MATOI at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅のことードイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月27日

あからさまに敵

オランダサッカー協会のサイトには
とても挑発的な内容の「ドイツ語会話集」が載っている。
個人レベルではなくサッカー協会がやるあたりは見上げたもの。

そしてエールフランス。
仏英西蘭日中韓にアラビア語、などなど10カ国語以上で
荷物の遅着を詫び可及的速やかな配送を約束するタグには
あてつけのようにドイツ語の表記がない。

ヨーロッパとはそういうところ。
posted by YUKINO MATOI at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ばかばかばかばか何するのよう

頂いたばかりの真新しいカーディガンにジーコが穴を開けたので
5往復くらい力いっぱいビンタする、という夢を見ました。

ベルリン、テーゲル空港ちかくのホテルにて。
posted by YUKINO MATOI at 14:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

のりものだいすき

チケット、乗り物、サイン、路線図。
視覚的に美しい公共交通機関を持つ街が好き。
バルセロナ、ミラノ、プラハ。
そしてここフライブルクでバスと路面電車を運営している
VAGのデザインポリシーもとても気に入っている。
しかしベルリンのBVGが素晴らしいのはデザインの簡明さだけではなく
マスコットキャラクターに我が愛しのPlaymobilを起用したそのセンス!

うちの子になりました
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2006年06月26日

ちょうど1年ぶりの、ベルリン

ベルリンの空はとても高い。そして、とても風通しがいい。

磨き上げられたガラス張りが水晶宮を思わせる。
ワールドカップの開幕直前にオープンしたベルリンの中央駅。
透き通るチューブが立体交差する中を走り抜けるのは
白地に緋色のICEだけでなく、時代めかした色の都市近郊線も。
そこからほんの一駅か二駅、移動して地下鉄に乗るだけで
かつての佇まいを色濃く残す構内を見る。
乗り継ぎのために不自然に連結された通路を
歩いて登って下って曲がって、地上に出て、目眩をおこす。

古いものと新しいもの、洗練された軽さと垢抜けない重苦しさ
この街ではあらゆるものが交錯しているように思う、と言ったら
仕事先のボスはそんな景色について、分断、という言葉を使った。
かつて、まさしく西と東とに分断していた街は
なだらかに相を変化させながら広がってゆくのではなく
その場所その場所での空気が、色が、ぶつりぶつりと切れながら
隣とくっつきあうことでまとまっているような、そんな街。
ベルリンのドイツ人はそんな景色のことを、村だというらしい。
外殻らしき外殻のない村、共同体ではなく集合体としての村。
それらがゆるやかに集まってベルリンになるのだと、いうらしい。
posted by YUKINO MATOI at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅のことードイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いまどきもらうだのもらわれるだの猫の子じゃあるまいし

あなたが自分自身をどのように定義するつもりなのかは知らないけれど
私はあなたを下記のようにカテゴライズしますから
各カテゴリー内に定められた基準に則って行動してくださいねよろしく

などという理屈は断固拒否いたしますのでよろしく。
posted by YUKINO MATOI at 02:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

戦い終わって日が暮れて

実の親との旅行中に高熱を出して寝込んだ経験があるので
「発熱しない」「途中で倒れない」を最大の目標に掲げて
義理の両親と4日間、ドイツを周りながら過ごしました。

前半は私よりも夫の方がつらそうだったけれど
前半の蓄積がボディブローのように効いたのと
相変わらず天候の変動が激しいのとで
結局2人とも少々内臓をやられました。
ま、親の見ている前では平静に振る舞ったのでセーフですか。
このダメージから抜け出すにはしばらくかかりそう。



さして急く方ではないけれど
「伏して過ぎ去るのをじっと待つ」という手の打ち方は
とても性に合わないのですよ、私。
これ以上悪くならないことを祈りながら耐えるようなしのぎかたは
体調を崩しているときくらいで充分なのです。

あと2日だとかあと数時間だとか
そうやって残りの時間を数える心が
人として一番向かってはいけない方へと向かわないように
なんとか考えて手を打つ努力だけは怠ってはいけない。
思考の停止は即ち敗北。
敗けるくらいなら私、このまま日本へは帰りません。



愚痴にお付き合いくださった皆様、アドバイスをくださった皆様
本当に救われる思いでした。ありがとうございました。

夏のセールもそろそろ始まっていることですし
リハビリのため明日からキティと2人、ベルリンへ行ってきます。
KaDeWeでビーズ狩りして、布の問屋さんにも行くんだい。ぬのー。
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2006年06月23日

6月22日、ヴェストファーレンホール

早く、終わってください。



意識のどこかで必ず、終わりまでの距離を数えている。
区切られた単位を楽しむもの。始まりと終わりの明確なもの。
1冊の本、1本の映画、1度の舞台。
どんなに好きなものであっても
どんなに心を動かされていても
(終わりが来る、という感覚を忘れることはあっても)
この素敵な時間がずっとずっとずうっと続いて
終わりが引き延ばされることは望まない。滅多には。

残りのページが少なくなってゆくことを惜しみながら
温度の異なる切実さで終止符を待ちかねている。

例えばサッカーの試合はその最たるもので
ホイッスルが鳴った瞬間に心は90分後の世界を目指す。
試合が面白いとかつまらないのではなくて。
早くそこに、辿り着きたいのだ。



心臓がどきどきしすぎて気分が悪かった。
ホラー映画と一緒だと思った。
3点目を入れられてようやく息がつけるようになって
やっとまともな状態で観られる、と思った瞬間
周囲の観客がぞろりぞろりと帰途に着きはじめ
1階のフロアで割れるようなブラジルコールが始まったのに
2階席・3階席は波が引くように静かになっていった。



試合が終わって、がらんとした客席で
耳鳴りを聞きながらぼんやりと思ったのは
ワールドカップへの出場すらままならなかった頃が
そう遠い昔話ではないこと
この先、一進一退ではあっても
「ワールドカップでの歴史」というものが
積み重ねられてゆくことはあっても
そっくり剥ぎ取られることはないこと
そしてその量がいずれ質に転化することを期待するとしたら
「物心ついたとき既に祖国は世界の頂点にいた」
という人には見えなかったような光景を
いつか見ることができるのかなぁ、ということ。

それを見ることができたら
きっと私は胸を震わせ眩暈にふらつきながら
2006年6月のドルトムントを思い出すに違いない。

それってとても幸せだと思うので
信じて長い目で見守ろうと思います。
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2006年06月16日

柑橘系の香りが好きです

作業そのものはとても楽しく、爽快感すら感じるのに
仕事として、義務として、ルーチンワークとして
どうしてもやらなければならない、となると倦怠感を催してしまう。
料理に限らず、たいがいの作業にあてはまる事実。

昔は趣味欄に柄にもなく「お菓子作り」と書き
毎週末ごとに粉と砂糖と卵とバターと格闘していた身としては
基本的に料理とは一種のカタルシス、脳内麻薬の分泌すらもたらすもの。
両手に持ちきれないほどの材料を片端から調理してゆくのは快感。
だから不定期に訪れる料理熱に対しては可能な限り忠実に応えるようにしている。



原材料に関わらずドイツ語では殆どのジャム類のことをMarmeladeと呼ぶ。
それなのに、なぜだかママレードが手に入らない。
スーパーマーケットの棚でオレンジのママレードを見かけることは殆どない。
大抵はイチゴか、ブルーベリーか、チェリーか、ラズベリー。
近所のスーパーではなくてデパートの地下の食料品コーナーなら。
あるいは電車で小1時間、国境を少しだけ越えれば買えるのだろうけど。

あちしはオレンジのママレードが食べたいのよう!

食べたいのならば、作りましょう。
無農薬のオレンジを1袋、同じく無農薬のレモンを2つ、砂糖を1袋と半分。
広口の空き瓶もそろえた。ここまでは個展開催の決まる前の話。
で、開催が決まる。当然慌ただしくなる。
とりあえず今回は剥いて食べて時間のある時に改めて買ってくる、という頭はない。
ワックスなしの新鮮な果物ですもの、早く調理しなくては痛んでしまう。
朝からキッチンに籠り猛然とジュースを絞り皮を刻み寝かせて煮込んで3日間。

鍋1杯分

努力の結晶がこちらです。満足、満足。
個展の準備?ご心配なく、煮ている間に着々と。
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2006年06月12日

廊下の突き当たりの部屋

ケルンに取った宿は駅のすぐ近く。
やっぱりホテルは駅に近くて雰囲気良いに越したことはないよ、と入ると
そこはちょっと歪んだ多角形の部屋。壁のいたるところには鏡がある。
ベッドカバーといい、壁にかけられた絵のセンスといい、照明の選択といい
モノトーンと直線を基調にアール・デコ風にまとめたようとする意志は感じられる。
しかしこれではどうみても80年代ドラマに出てくるバブリーな室内にしか見えず
もっというなら日本のラブホテルさえ連想してしまうのは私の感性の問題でしょうか。
バスルームだけが清潔感あふれるシャビーシック調なのも不思議(きっと偶然)。
窓とドア以外どっちを向いても鏡がある、というのがまずい、気がする。

フランクフルトの寒々しいトルコ風(?)ホテルよりは格段に居心地良かったです。
posted by YUKINO MATOI at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゲルゼンキルヒェンにて

確かに暑かった、それは認めよう。
日除けの少ないスタジアムで90分間戦い通すのが辛いのはわかる。
だからといって、たかだか1点差で慢心する、その軟弱さが許せない。
そんな戦い方で勝てると思っているその心構えが許せない。
あの試合を見るためにパソコンにかじりついてやっとの思いでチケットを取って
空路はるばる10時間以上かけて日本からやって来た人だってたくさんいたはずなのに。
素晴らしい勢いと流れを生み出していた対ドイツテストマッチは何だったんだ。



日本代表のことはまあいいのです。
スクリーンの前で狂喜するオーストラリア勢に囲まれながらの観戦で
なんとも居心地の悪い思いをしましたが、済んだことは仕方ない。
その後はスタジアムに移動してチェコ対アメリカを前から2列目で
コーナーキックでネドベドが目の前に来る位置で観ることができ
それはそれはいい試合を観ることが出来たので、もう愚痴は言いますまい。



限度額を決めて、選びに選んで、1試合だけでもなんとかスタジアムで観ようと
オークションで見つけたカテゴリー1のチケット2枚。
本当に買うよ?買っちゃうよ?いいのね?と何度も後ろを振り返るキティ。
ええい買うがいいさ!とATMの振込キーを押したのは先週のこと。
2人の収入からすれば清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟で買った試合が
素晴らしい席に素晴らしい展開で、佳きかな佳きかな、と思っていたところに
思わぬ臨時収入が入ってきた。

もう1つ、手頃な試合があれば…とebayを漁りはじめる夫。
あいや待たれい、とすかさず牽制する私。
サッカーに携わる漢にとって、居住地でのW杯開催という機会
世界中が熱狂するサッカーの祝祭は何物にも代え難いのだろう。
それが解らぬほどの愚妻ではない、けれども。
そこに突っ込むお金があるのならば
私にだって他にも欲しいものはあるのですよ?
高くって泣く泣く諦めたものだってあるのですよ?
いくらお金を積もうと二度と観られなくなってしまう前に
ロックを愛する人間として一度は観ておきたいのですよ。



対戦カードにもよるけど、同程度の値段でチケット2枚買うのならば
B席で遥か彼方のキースを拝むよりも選手の汗が見えるカテゴリー1席で
という気もしなくもない。こんなニュースも飛び込んできてちょっと心配だし。

最終的には欧州ツアーチケットセンターではなく
ebayのボタンを、ぽちっと、してしまう気がします。
ええい、ままよ。
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美しき水

Ice Lens Photography.

氷で出来たレンズ越しに撮った写真のサイト。
流体としての水越しに見る景色とは、まるで違う時間が流れている。
氷漬けになったら、世界はこんなふうに見えるのだろうか。

http://duggmirror.com/design/Taking_photos_with_a_lens_made_of_ice_/

それにしてもどうやってカメラに装着しているのだろう。
カメラごと冷え冷えにしているのだろうか。
あまり寒くはなさそうな場所で撮った写真もあり、気になる。



ダム穴。

アンチ・オーバーフロー。溢れ防止装置。
水がダムの容量を超える前に放水するための、いたってシンプルな装置。
湖面に突如現れる、滑らかで真ん丸な穴。美しい。怖くて美しい。

http://www.ebimemo.net/diary/?date=20060608
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2006年06月09日

ワールドカップ開幕

夫の父の友人で、夫も何度もお世話になっている、という方が
W杯観戦にお越しになる、というので半日ハイデルベルクをご案内。
ホテルにお戻りになるところをお見送りしてフランクフルトに戻り
マイン川の流れの真ん中に立てられた大型スクリーンで観戦を試みる。
先日まで、そうほんの数日前まで暖房が必要なほど寒かったのに
開幕に間に合うようしっかりと真夏日になったので
案の定、ただでさえ風邪気味の体がついてゆかずふらふらに。

いい場所が取れずに前半も後半もろくに見えなかったけれど
ミーハーかつ虚弱なわたくしとしては
初日の喧噪に触れることが出来ただけでも悪くはなかった。



思えば前回の日韓ワールドカップの前後半年くらいの頃は
自分でその流れに飛び込んだようなものとはいえ
ものを見る目に乏しく、足元もおぼつかず、下す判断は心許なく
しかし屁理屈とプライドだけは一人前に振り回す、という
世にもろくでもない生活を送っていた頃だったので
4年後の今との落差を思うとやれやれ、と穏やかな気持ちにすらなる。
自分の人生の中にドイツのドの字も存在していなかった頃。
2年後に彼の国にいる人と結婚して
さらに2年後には現地でワールドカップを観戦しているなどとは
夢どころか一瞬の妄想にすら思わなかったに違いない。
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2006年06月08日

ワールドカップ開幕前日

所要でフランクフルトに出向くついでに
田舎の町では買えない素敵レースとか素敵リボンとかを探しに行く。
開幕前日の街ではドイツ語がほとんど聞こえない。
わけても幅を利かせているのは白地に赤十字のイングランド人。
おもちゃのスピットファイアを振りかざしイギリスビールで気勢を上げる。

スピットファイア

レーマー広場にて。
わざわざ争いごとを観るためにドイツくんだりまで来たのだから
このくらいやらいで二度と祖国の土を踏めるか、という感じ。
イングランド色のボールで道行くドイツ人にフットサルを仕掛けている。
ドイツの警官も遠巻きに警戒しているだけで別に止めない。



白髪の小柄な老婦人が、サッカーなどなければ紅茶でも飲みながら
優雅に編み針を動かしていそうな品の良いご婦人が、ですよ。
黒と赤と金色の糸で鮮やかなレースのリストバンドを編んでいた。
ウサギちゃんもクマちゃんもテーブルクロスも皆ドイツ色で編んで
それらをピクニックシートの上に広げてにわか露店を開いていた。
近頃、これほど微妙な気持ちになったことはない。おばあちゃん。

空港の近く、に取ったはずの宿は想像以上に遠く
タクシーのメーターが上がってゆくたび不安がつのる。
入った室内にはメッカの方角を書いた紙が貼ってあり
冷蔵庫を開けるとドリンクバーではなくフルーツ&ヨーグルトバーが。
テレビをつけるとトルコ語のドラマ(画面の雰囲気はインド映画風)が映り
微妙な気持ちがいや増したところでキティが遅れて到着。
さっさと寝る。
posted by YUKINO MATOI at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

iPodの危機

充電&アップデートしようといつもの通り繋いだら
iPodにはいつもの通り「接続を解除しないでください」の表示。
ところがiPodをiBookが認識しない。
Finder上にもiTunes上にも表示されないので取り外しも出来ない。
こういう場合「気にせずケーブルを抜いてよし」と取説にあったので抜く。

iPodが落ち、iBookにも強制再起動がかかる。
涙目になるほど焦る。

iBookのほうは再び起ち上がった後、特に問題は無し。
怖いのはiPodで、カチカチと微かに音を立てながらリンゴ印が点滅している。
十数秒間隔で再起動しては落ち、再起動しては落ち、しているらしい。
リセットも利かないし相変わらず接続しても認識されないので
購入時の状態に戻すこともままならない。
約束の時間が迫っていたため、やむなくそのまま放置して外出。
今はバッテリが切れたのか沈黙している。

どうしよう。
posted by YUKINO MATOI at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

投げる前に

こちらで作りためた作品を日本で公開したいのだけれど
2週間の帰国では展示会もできないしお金もそんなにないので
カフェでまったり話でもしながら身内にだけ見てもらおうと思う、と言ったら
1日単位でリーズナブルに借りられるギャラリーがあるよ、と教えてくれた人がいた。
2日間だけ小さな展示会をやることにした。

そうすると次に悩むのが展示会の案内状。
日本の印刷所に発注すると刷り上がりが確認できないし
ドイツの印刷所では日本語の文章が出力できない。
家のプリンタでせっせと刷ろうかなぁ、と言ったら
Illustratorで文字をアウトラインして入稿するか
さもなければアナログで入稿すればいいじゃない、と教えてくれた人がいた。
そこで今はせっせと原稿を作成している。

教えてくれる人に甘えてはいけない、と思いつつ
困ったときにはとりあえずそれを口に出してみる、と解決する。
手を引かれ、背中を押してもらっていることを感謝しながら、進む。
posted by YUKINO MATOI at 04:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分のことを棚に上げないこと

後輩の日記を読んで気づかされる。
バトンに答えるのが面倒くさくも楽しいのって
「だってバトンまわってきたから」と言い訳して
正々堂々と自分語りが出来るからなんだわ!きゃー!



すっぴん談義に続く、キティの主張。
夫は実は「擬態語を口で言う人」があまり好きではないらしい。
と、いうことはアレだ、彼は自分の口から発せられる擬態語については
自覚していない(か、擬態語だと思っていない)ということだ。
そして彼の口から「ふらー」「ほわーん」「はふー」等が
スムーズに飛び出すようになった原因はもちろん私だ。
いや、もとからその素質はあったのだろうが。
posted by YUKINO MATOI at 04:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月03日

「すっぴんは潔く素であれ」

もうすぐ四半世紀の付き合いになる我が顔ですが
母から受け継いだ薄く細くぼんやりとした眉をどうにか整えているもので
化粧を落としたあとの眉毛の消失っぷりには
自分のことながら毎度鏡をのぞいてびっくりしてしまうのです。

肌を傷つけてほしくなどないし、温泉とかサウナとか入るときも気を使うし
よぽどのことがない限り刺青など入れてほしくない、とは夫の希望。
では眉毛タトゥーは「よほどのこと」として認められるのでしょうか?
と申請してみましたが表題の一言とともにあっさりと却下。
彼にとって化粧とは落とすことが可能なものであり
無添加無加工の状態に戻せるものでなくてはならないようです。
すっぴんのときの美醜などは考慮には入らないらしい。



「スタッフが刺青に気づいた時点で即お引き取り頂く」という融通の利かない温泉で
バンドエイドで隠れるほどの小さな小さなタトゥーを咎められて追い出された
よしもとばななさんの気の毒な日記を読んだばかりなので
そんな浴場で化粧を落としてもなお不自然なほどに美しい眉を保っていたら
「お客様、刺青の方のご入場はご遠慮頂いております」
とつまみだされてしまうのかしら、と(入れてもいないのに)心配になる。
posted by YUKINO MATOI at 07:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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