2006年03月14日

そういう強さ

ブレーメンのKunsthalleで忘れられない絵に出会う。
Jan Sanders van Hemessenの描いたイスラエルの英雄ユーディット。

いかにも女性的なユーディットなら「わかる」のだ。
あるいは、中性的なユーディット。
戦いに赴く女性とは髪を長くなびかせ美しい肉体を戦場に投じるもの。
あるいは髪を短く切り少年のような華奢な痛々しさで戦列に立つもの。
戦う女性を「戦う女性らしく」演出してしまう約束事。

そういう「戦う女性像」のフォーマットに真っ向から挑戦するかのように
このユーディットは驚くほど「男性的」である。
アメリカンコミックスのキャラクタのように
女性の骨格の上に誇張されたステロイド漬けの筋肉をのせたのではない。
隆々とした体つきは彼女が自らの努力で鍛え上げたもの。
彼女自身の肉体として彼女が身に纏うもの。
記号ではない、誇示するためでもない、彼女が戦うための身体。
ミケランジェロの作風さえ思わせるような逞しさで
彼女ならきっと真っ向からホロフェルネスと戦っても
その首を掻き切ることができたに違いない、と思わせる。

弱くない。彼女は弱くなんてない。
少しも「戦う女性」であることそのものを武器になんてしていない。

同じ館内には馬に跨がり槍をかざすアマゾネスの像が置かれている。
彼女の身を護るものは兜のみ。凛々しいけれどあまりにも無防備な姿。



【ユーディット】
古代イスラエルの伝説において、アッシリアの大軍による進攻を受けた際、祖国の窮地を救うべく神の啓示を受けたユーディットは、単身アッシリア軍の陣営へ赴き、イスラエルに対する裏切りとアッシリアへの協力とを申し出る。総司令官ホロフェルネスと臥所を共にすると見せかけて酔いつぶれたその寝首を掻き、首をイスラエルの陣営へ持ち帰ったとされている。ユーディットはイスラエルにおいて今でも建国の英雄として讃えられている。
posted by YUKINO MATOI at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅のことードイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

聖ペトリ教会

St.Petri

紋様というものは言葉に似ている。
一定の規則と変則の中で組み合わされた世界。
完結した世界。あるいは連続してゆく世界。
世界を構成する要素は、またその世界について語るための要素でもある。
素朴で単純な線の繰り返しによって驚くほど雄弁に紡がれる世界もあれば
緻密で複雑な文法と語彙を持つ言語によって秘めやかに語られる世界もある。

言葉でしか紡ぎ得ぬものを紡ぎ
紋様でしか語り得ぬものを語るためにこの空間は存在する。
そのようにして紡がれ語られることなくしては
誰の目にも見えず誰の耳にも聞こえなかったものをあらわすために。
posted by YUKINO MATOI at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅のことードイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハンザの街

早く寝て早く起き、湯気の立たない朝食を頂いてチェックアウト。

冬至を越して復活祭に向かうこの季節
気温が逆戻りすることはあっても日照が減ることはない。
ブレーメンの朝は、しかし、遅い。
店も教会も美術館も11時にならないと開かないなんて。
することがないので良く晴れた街を歩く。今日も寒い。



存在感や風格に欠けているわけではないのに
この街の建物には重厚な威圧感がまるでない。
軽薄でない程度に力を抜くことを忘れていない。
程よい緊張感と風。なんて気持ちのいい街。
北海はまだ数十キロも河を下った先なので
港町ではあるけれど潮っぽさとは無縁の街。
ハトに混じってカモメが屋根の上を飛んでいる。
街のいたるところにロバと犬と猫と雄鶏がいて楽しい。



背筋の伸びるような聖ペトリ教会の佇まいにため息をつく。
ろくに地図も見ずに細い路地に入っては出てまた入る。
コーヒーと甘味だけの昼食の後はさらに歩く。
日が傾きかける頃を狙ってサイエンス・センターの勇姿を仰ぎにゆく。
驚くほど細長くて黒い船が音も立てずに河を下るのを眺める。
帰りの電車は21時29分。朝が早かったので一日がたいそう長い。

運良くこの日は一番大きな美術館Kunsthalleの延長開館日だったので
日が暮れる頃に入館してたっぷり数時間を過ごす。
中程度の広さの館内をミュージアムショップまで含めて二巡。
興味深いのは作品の新旧が意図的に混ぜて展示されていること。
肖像画を集めた間にシンディ・シャーマンのセルフポートレイト。
風景画の間に、海鳥のシルエットが浮かび上がるインスタレーション。
館内を埋める絵の列の中に積極的に埋め込まれた異物。

駅の待合室で質素に夕食を済ませて夜行列車。
夜遅くなっても同室の人が誰もカーテンを閉めようとしないので
満月に近い晩冬の月がよく見えた。
春は北へ、月は西へ。短かったけれど良い旅でした。
posted by YUKINO MATOI at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅のことードイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月13日

霊長類は南へ、音楽隊はブレーメンへ

自分の仕事用に手配したチケットはそっくりキティに譲れば済むのだが
終わったらブレーメンまで足を伸ばしてから帰る心づもりで
ちゃっかりと帰りの電車とホテルと休みをとっていて
キャンセル料払うくらいならねー、と厚かましく出かけてきた人の話。
腫れはどうにか引いた。
鞄にはイブプロフェン一箱とイチゴ水の色をしたうがい薬。



ハノーファーで一旦下車してキティと合流。
お仕事依頼人へのご挨拶とお詫びとを兼ねて昼食をご一緒する。
雲行きは悪くないものの3月に入ってから一向に気温が上がらず
きりきりと刺すような冷気が左の頬には心地良い。
寒い。ひたすら寒い。全身をこわばらせて歩く。
何か防寒具を強化したほうがいいのでは、と思って入った店で
夏物のブラウスにうっかり一目惚れし購入。
日向の水溜まりすら凍り付いて溶けないほどの陽気でも
品揃えは既にうららかな季節をのみ目指しているのだ。

ブラウスをスーツケースに押し込んで手持ちの服を重ね着。寒い。
カラフルな木組みの家々で有名な街・ツェレに立ち寄る。寒い。
暖房の効いた車内ですら体のきしむような感じが取れない。寒い。
ブレーメンに取ったホテルは街灯の少ない住宅街のど真ん中。寒い。
外観も内装もホテルらしからぬ普通の邸宅のような感覚。寒い。
同室者なしでホテルに泊まるなんて大学受験以来だわ。寒い。
部屋の暖房が切ってあったので真っ先に最強にする。寒い。
天井は高く窓は大きくヒーターは小さくカーテンには大きな隙間。寒い。
せめてシャワーで暖まりたいのにシャワールームにはヒーターがない。寒い。
ベッドの中以外に震えずに済むところがないのでもう寝ます。うう寒い。
posted by YUKINO MATOI at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅のことードイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月12日

ぼくのそばにいてください

黒い梢が窓の外を流れるのを見ながら
おぼろな雲が淡くひかるのを見ながら
月の光はもう冴え冴えとした冬の色ではないのに
唇に歌を、という誰かの言葉が
映画のワンシーンを鼻歌でなぞることが
照らされた静かな世界に吸い込まれてゆく
posted by YUKINO MATOI at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間違いない、24年6ヶ月生きてきて今日が一番ひどい顔だ

キティの代理として土曜日からハノーファーで
通訳兼ガイドの仕事をすることになっていた。

左頬の腫れは喉にまで進行していて
普通の会話や食事は一応こなしていたものの
それは相手が気心知れたキティや友人だから。
放置したままで初対面の方との仕事に行くには抵抗がある。
かといって抜歯翌日に満足に仕事できる状態になっている保証もない。
ドクターによれば、ごく軽いオペなので30分程度で終わるとのこと。
腫れが続いたり発熱したりする可能性はあるけれど
麻酔が切れ次第通常の生活に戻れるだろう、と。



指の先ほどもない親知らずはさらに小さく砕かれて摘出され
そのあと傷口を縫合し痛み止めとうがい薬が処方されました。
帰宅して鏡を見ると左頬の腫れはやや引いたように見えました。
午後遅くまで家で休養したあと、夕方からの打ち合わせは
鎮痛剤を飲みながらとはいえとても順調にゆき
これなら翌日も仕事が出来るだろう、と思っていたのですが。

夜半前に発熱。

一晩寝て起きたら抜歯前の倍以上に頬が腫れていました。
まるでピンポン球でも口に含んでいるかのよう。
この腫れっぷりに比べたら、抜歯前などせいぜい
「左側だけ顔がむくんだ」と言えば済むようなもの。
痛くて口が開けられないのではなく
顎も口内も腫れ上がっていてろくに機能しないのです。



窮地を救ってくれたのは他ならぬキティと3月に入ってからの悪天候。
天候不順でいくつか予定がキャンセルになり体が空いたのです。
代打の代打でもとの役回りに戻ったキティは
てきぱきと荷造りをして出かけてゆきました。
良い人と書いておっと、と読むとはこのことでしょうか。
そういうわけで、私は氷嚢を頬に押し当てて部屋にいます。
ああぁ、なんて情けない。
posted by YUKINO MATOI at 07:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月06日

Weisheitszahn

日曜の夜から左奥の親知らずが鈍く痛みはじめ
月曜日には激痛で口がうまく開かなくなりました。
セルフ消毒とバファリンで痛みは峠を越したものの
火曜日には頬が赤く腫れ、左側だけがもっちりとしたおたふく顔に。

ここまでひどい腫れかたをしたのは初めてなので
さすがに焦って歯医者に足を運びました。
古典的マンガ表現みたい。本当にあんな顔になるのね。



ドイツで医者にかかるのは二度目。
昨年内科にかかったときは半分も理解できず
ほとんど相方任せだった問診も
今回はなんとか一人でクリア。
簡明に、ゆっくりと言葉を選んで応対してくれる
良心的なドクターだったので助かりました。



下顎の抜歯は歯科外科で、というのはドイツも同じようで
レントゲン写真を持たされて明日は別のドクターのところで問診。
その場で抜歯になるかどうかはわからないけれど
末弟が半年ほど前に日本で処置を受けたときは
ちょっとした入院と手術とを必要とした、と聞いている。
もし私の場合にもそのようなおおごとになるのならば
どのみち相方との相談なしには事を進められない。
だから明日は診察室の中まで付き添ってもらう予定。
そして痛みをこらえて写真をスキャン。
きちんと患者の手にこういうものを渡してくれるって嬉しい。

zaehne-mini.jpg
posted by YUKINO MATOI at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月05日

英国魂

平年を大きく上回った3月の降雪でダイヤが乱れる中
デュッセルドルフまで日帰り小旅行をしてきました。

目指すは "Vivienne Westwood : Prinzessin Punk" 展。
2004年にロンドンから始まり、世界を巡回している
ヴィヴィアン・ウエストウッドの集大成が絶賛来独中。
人工的、誇張的、かつ挑発的なそのデザインに
かつて憧れた者としては観ないわけにはゆかないのです。
折よく電車のチケットを譲ってもらえたことは僥倖でした。
(ありがとう、ひろぽぽん!)



会場内はあらゆる意味で幅広い観客層で賑わっていました。
少しだけ予想していたような乙女魂フルスロットルの熱気はなく
むしろ男性のほうが少し多かったくらい。
日本では観客層のメインだったであろう10〜20代の女性や
いかにも服飾品や装飾品への意識が高そうな人はむしろ少数派で
どちらかといえば垢抜けない身なりの中年男性もいれば
一見ファッションになど興味のなさそうな老夫婦もおり
両親に連れられたちいさな子どもも来ていて
めいめいが熱心に、かつ冷静に鑑賞していたのは興味深いこと。
愛でたり欲したり買ったり身につけたりする対象ではなく
展示品はあくまで展示されているものであって
観ている自分との間には意識的にか無意識的にか
確固とした距離を置いて観ているようです。



例えば、1980年代前半。
パンク路線から少しずつ離れつつ試行錯誤しながら
やがて新しいヴィヴィアンらしさを生み出していった時代。
この時期の現物を観られる機会はそうそうありません。
生地の質も縫製のレベルも決して高くないのですが
後のヴィヴィアンにつながる要素がたくさん含まれているのが
この展示の流れを観るととてもよくわかります。

インタヴュー映像でのヴィヴィアン・ウエストウッドが
胸からウエストのくびれ、そしてヒップへとラインをなぞる
その手つき、その表情のなんて悩ましいこと。
鎖骨の下に高く盛り上げられた胸と蜂のような腰つきとに
彼女がいかに愛し、執着し、そのために腐心してきたか。
展示用のマネキンからして大半が砂時計のようなシルエット。
ショウに起用されるモデルもみな胸に谷間を寄せ腰を絞り
お尻をフープで膨らませてランウェイに立っています。
巨大オーブのペンダントだって
豊かな胸元の谷間に揺れているほうが様になるものな。



体の線に積極的に干渉するような服
あるいは「あるべき体の形」に合わせて体を構築・改変するような服に
多大な影響を受けた時期があった。
そうやって作られた体を美しいと信じていた時期があった。
いや、今でも美しいとは思っているのだけれど。

身に着けるものの趣味や着心地
そして着るときの意識のありかたについては
ここ2〜3年で随分考え方が変わってきた。
ことボディラインに関しては、何に美しさを感じるかの基準が
自分の中でずいぶんとゆるやかになったことは否めない。

身に着けることによって
「あるべき状態を目指して」「努力して、意識して」
自分を積極的に、ないし潜在的にコントロールできるもの。
「あるがままを受け入れて」「自然体で、力まずに」
自分自身にはなるべく手を加えずに
あるいは手を加えた自覚を持たずに身につけられるもの。

私の志向する服飾品は
そのどちらでもない方角を思考しつつある。

その変化は私の大切な人たちの中に
体のあまり丈夫でない人が少なからずいるということ
きちんと制御することも流れに委ねることもできない人がいること
そして私自身もそうであることと、無関係ではない。



充実の品揃えのミュージアムショップで
ヴィヴィアンとは全然関係ない本を買って帰りました。

リストバンド+本
posted by YUKINO MATOI at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月03日

『夕凪の街 桜の国』

こうの史代『夕凪の街 桜の国』が
思っていたのよりもずっと薄く短い物語だったことに驚く。



アメリカでの同時多発テロの翌年
東京都写真美術館で開催された
マグナムによる9.11の写真展を観に行った。

熱風に舞い上げられた灰がニューヨークの街に積もる。
路肩に停められた車のボンネットの上には
" I've survived! "の文字が書きなぐられていた。

助かって嬉しかった? そうかもしれない。でも。
自分が生きていることを素直に喜べた人は
きっとそんなことは書かない。
遺灰の上に、そんなことは、きっと。

生き延びた、ということ。
かつての同僚が、上司が、友人が、顔見知りが
もしかしたら恋人が、なすすべなく瓦礫の中に埋もれて行く中で
自分が、どうしてだかこの自分が、命を落とさずに済んだ、ということ。

九死に一生を得た彼あるいは彼女は
あの地獄の中でどれだけの死を見たことだろう。



今時ちょっと見かけないくらいの、柔らかく愛嬌のある描写の中に
指がふるえてしまうほど淡々とした、残酷な言葉。
頭を離れないのです。その問いは、あまりも重すぎて。
posted by YUKINO MATOI at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月02日

ああ今年もこの季節が来てしまいました

“FUJI ROCK FESTIVAL'06”

【日程】7/28(FRI)、7/29(SAT)、7/30(SUN)
【会場】新潟県 湯沢町 苗場スキー場
【チケット】3日間通し券:39,800、1日間:16,800(各日とも限定10,000枚)
【出演】
Broken Social Scene
FRANZ FERDINAND
KILLING JOKE
MOGWAI
North Mississippi Allstars
大江慎也
RED HOT CHILI PEPPERS
ROGER JOSEPH MANNING JR.
SCISSOR SISTERS



“SUMMER SONIC 06”

【日程】8/12(SAT)、8/13(SUN)
【会場】
東京:千葉マリンスタジアム/幕張メッセ
大阪:WTCオープンエアースタジアム/INTEX-OSAKA/ZEPP OSAKA
【開場/開演】9:00/11:00
【チケット】
東京:1日券:14,500/2日通し券:26,500(税込・ブロック指定)
大阪:1日券:13,500/2日通し券:24,500(税込・ブロック指定)
【出演】
METALLICA
LINKIN PARK
THE FLAMING LIPS
DAFT PUNK
MASSIVE ATTACK
MY CHEMICAL ROMANCE
STONE SOUR
LITTLE BARRIE
10 YEARS
TWO GALLANTS
65DAYS OF STATIC
PLAN B
LADY SOVEREIGN



以上が今日までに発表になった分。
ざっと調べた範囲内ではMOGWAIが4月
Red Hot Chili Peppersは6月
LINKIN PARKも2006年中には来独公演予定。
問題は日本のアーティストの動向と
今後続々と発表されるであろう出演決定ラインナップ、そして
単独公演ではチケット買わないけど気になるアーティスト
この機会に生演奏を聴いておきたいアーティストのこと。



【堤防決壊の主なキーワード】
Bjork
東京事変
クラムボン
UA
つじあやの
小島麻由美
渋さ知らズオーケストラ

「チケット買っちゃった」
「ユキノは帰ってこないの?」
「苗場、地元じゃん」

posted by YUKINO MATOI at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月01日

許容範囲外

寛大なのでも忍耐強いのでもなく
ただ自分に欠けているものが多いので
他の人の失敗を怒る気になれないのです。
遅刻、失言、失態、器物破損、連絡不行き届き、その他の不注意。
人の地雷なんて踏んだら自分が痛いのだもの。

ことに忘れ物の多さにかけては人後に落ちない自信があるので
キティが携帯電話の充電器を忘れて
再び金曜日までの合宿に出てしまったことくらい
全然気にならないのです。
メールは時々電源入れてチェックするって言ってるし。



でも、私にとっての大切にしなければならないもの
当然欠いてはならないはずのものが欠けている人に対しては
それはそれはもう徹底的に怒りますし批判します。



自分の虚栄心のために服を着る?自意識過剰?
結構なことです。自然なことです。

その服が好きなのではなく、その服を好きな自分が好き?
可愛いものではないですか。そのくらいの自己愛など。

その服を好ましく思ったからではなく
そのタグに、ロゴに、ブランド名に惹かれて買う?
それもまた自然なことでしょう。
その名前が象徴するところのものを欲して買い物をするのは。



「この前Vivienne Westwood買ったんだよね」



これは日本語の問題ではなく彼の意識の問題である。
彼は一体、何を買ったというのだろう。
どうしてそこに「の服」の一語が入れられないのだ?
ヴィヴィアンの服を買いました、とどうして言えないのだ?
Vivienne Westwoodと名のついた「なにか」を購入致しました、と?
「なにか」がなにであるのかの具体を示さなくとも
Vivienne Westwoodの名だけ出しておけば、そして
自分がその「とりあえずVivienne Westwoodではある『なにか』」を
お金と引き換えに手に入れたのだ、ということを示せればいいとでも?

思わず怒りで腹の底がすっと冷えてゆきました。
そんな人間に「俺、服が好き」だなんて絶対に言われたくない。
posted by YUKINO MATOI at 07:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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