2005年10月31日

はじめてのかなしばり

24年生きてきて一度も体験したことのなかった金縛りに
昨晩初めて見舞われました。
非常に無防備なところに襲来したもので、ちょっとしたパニックに。
金縛りとは斯様に怖いものだったのですね。



抱えている仕事が佳境を迎え、時刻は午前3時近く。
もう今日はこれ以上働けないので休もうと思って床に着くも
気は高ぶっているし相方の鼾はガーピーガーピー喧しいしで
三分の一ほど覚醒したままの状態で横になっていたら
突然尋常でない大きさの耳鳴りに襲われたのであります。
頭蓋の中で鉄板でも切っているような耳鳴りに
思わず跳ね起きそうになるのですが、起きられない。
一度起きられない、と思ってしまったが最後
どれだけ気合を入れても全身が痺れて指一本動かせない。
耳鳴りが止んで少しばかり経ってからようやく開放されました。
ああもうびっくりであります。これが金縛りかと。



しかし相方氏には一度本気で耳鼻咽喉科を受診してほしいものです。
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2005年10月30日

歌って踊れる顔のついたたらこ

たらこキューピーストラップとか
たらこキューピーぬいぐるみとかを
友人の皆様が続々と買い集めておられるのを拝見するにあたり
肝心のCMを一度も見ていないことがネックになっていたのですが
相方が借りてきたビデオにさりげなく入っていました。

これか。
たーらこーたーらこーたーーーっぷりたーらこ。
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2005年10月26日

象が恐いわけ

Thee Michelle Gun Elephantというバンド名を初めて耳にしたときの
好奇心をうすぐらいところでかき立てられるような
そしてその好奇心ごと自分を蔑みたくなるような
奇怪さと恐ろしさと悲しみの混ざったあの感じを、実は忘れることができない。
例えば、見世物小屋の中を見せられたらこんなだろう、という感じ。

音楽そのものにもCDのジャケットにも由来しない陰鬱なイメージは
実は全く別のところ、映画『エレファントマン』から来たもので
ミッシェルを愛聴し何度かライヴに足を運び
映画とは全然別のところにある彼らの印象を胸に刻んでもなお
そのときに過った気配は忘れることができない。
象と明るいイメージとはほとんど結びつかない。
質量を変え輪郭を変え質感を変え匂いを変え
手のひらに収まるくらいのまるっこい縫いぐるみにでもなってくれなくては。



恩田陸『象と耳鳴り』読了。
読後に悪寒めいたものを残す手合いの作品が好きなので
この短編集は気に入りました。象。そう、象は怖いのです。

怪談や都市伝説の発生過程を追う「魔術師」が面白かったのですが
こういうのを面白い、と感じてしまうのはなによりも私がチキンだからで
枯れ尾花があるならさっさとそれを見て安心したい気持ちがあるわけです。
ところで、怪談だと時々あるパターンが、例えば怖い出来事が起こり
怖さを取り払うために納得できるレベルの説明が行なわれて一安心。
で、そこから一人になったところでもう同じ一度怪異が起こる。
お前ネタはもうバレてるんだぞ、何度も同じことしやがって
とかいっても消えてくれなくて、つまりそいつは本物のオバケ?
ってことに気づいて幕になるというパターン。
何オチとか名前がついてるのかもしれませんが浅学にして知らないのです。

何度も書きますがかなりのチキンなため
ここがドイツであるにもかかわらず
窓開けて外に真っ赤な犬がいたらどうしようとか考えると
今夜は眠れなさそうです。
「もういいかい」って声が聞こえてきたらどうしよう。
ちなみに相方は出張で不在。



象の出てくる作品といえば
フランクフルトで観たDouglas Gordonの映像作品
“Play Dead : Real Time, 2003”
これも悪夢のように怖い映像作品。
観たとき、展示室には殆ど人がいなかったのでなおさらに怖かった。
Museum fuer Moderne Kunstの所蔵なので、怖い象が好きな方は是非。
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2005年10月24日

使いたければ使えば?と思う一方

テレビのコマーシャルや大手活字媒体のようなパブリックな場に
AAキャラクタやオタク用語が堂々と氾濫しているのを見るに
なんだか居心地が悪いよなぁ、と感じてしまうのは
作る側があんまりにも簡単に「人口に膾炙しているものだから」というだけで
なんでもかんでも引っ張ってくることの浅薄さもさることながら
(プロとして、お金をもらってパブリッシングしているという立場を
 もっと自覚していただきたいものです)
たぶん、寿司屋でも飲食業関係者でもなんでもない人が
「おあいそ」「あがり」等々の符丁を使うのを不快に思うお寿司屋さんの心境かなと。



オタクとは一種の中毒患者の謂いであり
つまりは毒=有益でないものに中てられた状態を指します。
そして、何かに中毒している状態を中毒していない側から見たら
それがなんであれ見苦しいことには変わりない、という事実が
公然とオタクが語られることによってどんどん薄まっているように思うのです。
普通に私は○○が大好きなんですと言えば済むところを敢えて私はオタクですと言う。
それによってなにかしらマイナスイメージを負うリスクがものすごく軽くなっているか
リスクを感じさせないような状態になっている。

オタクですと言い放つことがもはやカミングアウトでも開き直りでもなんでもない状態。
困った状況だとは思わないしそんなことに困らされる謂れもないけれど
喜ばしい状況でないことは確か。
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あれから一年

爪痕は未だに生々しくはあるものの昨秋郷里を襲った地震から丸一年
地震がきっかけで結婚した人もあれば新婚旅行を断念した人もあり
地震で自宅キッチンが半壊したのを機にシステムキッチンを導入した友人から
無事だった食器洗い機(まだ相当に新しいものらしい)を譲り受けて
喜んでいるのは宅の母である。
年末年始と盆暮れは殺人的に洗い物の多い家であるし
以前から欲しがっていたので、よかったね、ママン。



洗うといえばドイツ人も洗い物が大好き、というか
食器も服も基本的に熱湯でざぶんざぶん洗うのが大好き。
彼らの清潔好きは筋金入りで(昔流行ったペストのせいなんだとか)
とにかくなんでもかんでも洗いたがる。しかも可能な限り機械で。
そうすると、アンティーク着物をほどいて作ったものなんかは
まず嫌がられる。扱いが難しいと思われる。
滅多なことでは彼らは水で洗えないものは買わない。

食器も同様なのだと聞く。
漆器や磁器の類は特に食洗機でなんか洗って欲しくないのだが
取り扱いが面倒だとこれまた敬遠される。

「これ洗える?」と聞かれたときのことまで考えて
作らなくてはいけないし売らなくてはいけない。
お抱えの洗濯係や皿洗い係がいるような人相手の商売ではないのだから
この場合、手に余ると思われるようなものをお出ししてはいけない。
といって、なんちゃって和素材のものをお出しするくらいなら
わざわざドイツでそんな仕事しない。
まあこういう予想外の悩みが発生するのが
異国暮らしの楽しいところなのだけれども。
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2005年10月20日

あきらめました

日の短い季節が本格的に深まってきました。
朝8時ではまだ薄暗く、9時を回ってようやく日が射しはじめます。
低血圧で自律神経の弱い人にとって
これからの朝はつらくなってゆく一方です。

で、早起きを諦めてみました。

早起きするつもりで早めに床に着こうと
遅くまで作業して遅くに床に着こうと
朝、苦痛でない範囲で目が覚めて
起動できる時間はほとんど変わりませんし
なにより目眩や頭痛と戦わなければならない早朝よりも
深夜の方が圧倒的に作業効率がよいのですもの。
朝起きられるかどうかは気合いでなんとかできると長年思ってきましたが
無理。ある程度を越して、体質的なものになると本当に無理。
どう頑張っても、朝に無理矢理体を起こしたときの
どうしようもない不快感は直らないので、ここはもう開き直るしかないかと。

暗い寒い朝にふらふらしながら家を出る憂鬱から解放されたので
俄然語学学校にもやる気が出てきました。



必要に迫られない限り、当分起床は9時の方向で。
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2005年10月18日

飄飄亮亮

高村薫『李歐』読了。



ただならぬの美貌そして才能に恵まれた謎の青年・李歐と
日々に倦み人生に醒めた大学生・吉田一彰の織りなす
十五年間の愛と友情の物語。
好きな方は間違いなくこれで何杯でもご飯が食べられる一冊。
男同士で口紅塗り合ったり豪雨の中ずぶ濡れで抱き合ったりされたら
やおい方面には殆ど興味のない私でも血圧上がっちまいます。
つーか、超が二ケタ分くらいつく美青年に
「年月なんか数えるな。この李歐が時計だ。あんたの心臓に入ってる」
「五千本の桜であんたを大陸に迎えたいと思う。
 今夜確かに約束した。こうして、ここで約束した」
なんて迫られたらそれこそ人生投げ打ってでも行くでしょう!中国!

ふはー、変な夢見そう。



容姿に恵まれ並外れた器用さを持ちながらも
執着心や情熱とは無縁の一彰が唯一心とらわれた存在、それが李歐。
とはいえ、李歐と出会い別れ中国で再会を果たすまでの十五年間に
実は二人とも他の女性としっかり恋もすれば子どもまで生まれており
李歐はともかく一彰のほうは夫として父として完全な二重生活を送っています。
高くつきすぎた二重生活の代償は、あまりにもむごい。
多くを失い、悲憤する彼らの行き着いた先にあるのは五千本の桜。
親、子、配偶者、恋人、国、仕事、社会…等々の
あらゆるものに対して発動される人間の、大人のエゴを
全部まとめて都合良く面倒を見てくれるユートピア。

外界との接触を必要最低限度に切った上で
内側だけで充足できる程度の強さを備えた美しい空間で暮らすこと。
それって魔法使いの動く城?
そんな生活が素敵でないわけがない。

ユートピアに憧れ、ユートピアを志向はしても
本当にユートピアで充足してしまったら
人として何かがおしまいになってしまいやしないか?
という問いは常に私の頭に中にあって
だからこの結末は私には非常に気に入らないのです。
美しい物語だとはあまり呼びたくない。
でも「そういう美しさ」もあるのだな、と認めないわけにはゆかない。
憧れずにはいられない。



考えれば考えるほど自分の中のいろんな願望がまずい具合に頭をもたげてきて
収拾がつかなくなってしまう、そういう物語です、これは。
posted by YUKINO MATOI at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月17日

左右非対称スイマー

寒くなってきたにもかかわらず
最近の楽しみはプールに通うことです。

水中の青白いライティング
塩素の匂い
ガラス張りの屋内プールに西日が射して
泳ぎ終わった後の気だるさ
ビールを飲んでそのままベッドに倒れて
枕に顔を埋めた後にもかすかに残る塩素の匂い
全部好き。



昨冬の終わりから整体に通うよう指導を受けていたにもかかわらず
どうもこの調子では当分行けそうにないので
平泳ぎできっちりと常に左右対称のフォームになるように
ゆっくりでいいからしっかりと筋肉をつかって泳いで
全身の筋肉バランスを少しでも整えようという作戦。

だらだらと延々と長い距離を泳ぐよりも当然疲れるのは早い。

やたらと重たいバッグを斜め掛けにしたり
変な姿勢で作業机に向かったりするのも合わせて直さないと
ほんとは意味ないんですが。
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2005年10月16日

『ピンポン』

ここのところ生意気にも仕事が忙しかったり夜に予定が入っていたりしたので
そう遅くない時間に家で映画など観ながら静かに食事できるのは久しぶりのこと。



ARATA演じるスマイルが愚弟(20)に似過ぎていて
とても平静ではいられませんでした。
しゃべり方とか黒子の感じとか無愛想さ加減とか可愛くないところとか
スマイルをスマイルたらしめている要素の全てが、あまりにも。

ペコの口と窪塚の口の形がおそろしく同じなのにおどろきました。

「風間によろしく」といい残して負けてゆくときの孔文革の潔さは完璧。

そして実写版の海王学園は超怖い。以上。



せんだって日本に帰ったときには自分の本をあまりたくさん買えなかったのですが
近頃は読みたい本や観たい映画聴きたい音楽に
すぐアクセスできることが多くてとても助かります。
秋ですし、これから寒くなりますし、しっかり栄養つけておけってことですね。
嬉しいなぁ。
posted by YUKINO MATOI at 19:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

時間限定どこでもドア

今から1分だけ日本に帰れるならどこに行こうか。
今から10分だけ日本に帰れるなら誰と会おうか。

15分、20分、30分、1時間。
2時間、3時間、半日。
1日以上になると現実味が増すので、考えない。
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2005年10月14日

酔っぱらってデジカメなくしました

新作が仕上がったので納品前に撮影しようと思ったら
デジカメがなくなっていました。



[なくしたと思われる日の行動]

昼頃、電車でシュトゥットガルトに行く

州立絵画館でピカソ展鑑賞

カンシュタッター・フォルクスフェストの会場に向かう


カンシュタッター・フォルクスフェスト【Canstatter Volksfest】
ドイツで二番目に大きなビール祭。
(一位はミュンヘンのオクトーバーフェスト)
数千人単位で酔客を収容できるテントがぼこぼこと出没するほか
各種の屋台やブラスバンドのステージや
一気呑みステージ、移動遊園地などで構成される。
ちなみにドイツで「ビール祭」という場合
基本的に会場内で使用されるジョッキの容量は全て1リットル。



気が済むまでビールを飲む
(この辺で巨大ジョッキとかの写真を撮ったのが最後)

勢いで会場内のジェットコースターに搭乗

帰りの電車ががら空きだったので
コンパートメント席を確保し
室内の電気を消して気持ちよく寝ながら帰る



思い当たる節がありすぎです。
取り返しのつかないほど重要なデータが入っていなかったのが不幸中の幸い。
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2005年10月10日

ひとのかたち

本を送ってくれた友達とそのお嬢さんにお礼がしたくて
夏の終わりに服を作った。
大人用にはノースリーヴのブラウス
お子さま用にはエプロン風のワンピース。
同じ生地を使用した型違いのもの。

直接日本で会って渡すことは出来なかったので郵送。
後日、写真が送られてきて、着用した姿を見て一安心、どころか
ものすごく胸を撫で下ろした。ほっとした。
似合っている。サイズもちょうどいい。

友達の背格好はおおよそ把握していたので不安は比較的少なかったものの
愛娘ちゃんとは最後に会ったのが二年以上前。
未就学児が二年でどれくらい成長しているものやら
近くに同じ年頃の子どももいないのでまるでイメージが湧かない。
メールでサイズを確認してもやっぱり不安は消えなかったので
メジャー持参で子ども服売り場に出かけて既製服の実寸を測ったりして
なるべく具体的な大きさをイメージしながら作るようにはした。
それでも発送するときには(納品のときはいつもだが)
不安で不安で仕方がなかったのだ。

直接会っていない人の服を作るというのはものすごく緊張する。
今回は二人とも標準的な体型だったし、既知の間柄だったからよかったけれど
全く見知らぬ人だったり、しかもそれが変則的な体型の人で
さらに男性だったりするともうお手上げだ…と思う。



服ではなく「入れもの」が作りたいのだな、といつも実感する。
離れたところにいる人と仕事をすると特に強くそう思う。
服は人を入れる「入れもの」。
人を内包し、人の外郭をかたちづくるのが服。
その意味では服は身体の一部ですらあるのです。
だから、先に入れものを作っておいて、それを売るのではなくて
中に入れる人のかたちと目的に合わせて入れものを作る職人でなくては。
posted by YUKINO MATOI at 08:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『チャーリーとチョコレート工場』

そびえる煙突、雪の街、流れる板チョコレートに
ガシャコンガシャコンとチョコレート製造マシンの動くオープニング。
“Tim Bruton” そして “Johnny Depp” のクレジット。
これだけでもう幸せゲージは振り切れてしまう。

ああ、これからティム・バートンの映画が始まるのだわ、と
無闇に感極まってしまい、開始三分で涙でスクリーンが滲む始末。
潜在意識がカタルシスを必要としているのかもしれないし
単に泣きたがりという説もあるのですが
基本的に私の涙腺は衝撃に弱いのです。

おかしいぞお前。



シルクハットに髪の毛サラサラのジョニー・デップ様は
紫の手袋を嵌めた御手で乙女のハートをガッチリキャッチ。
やはり、ヒゲでセクシーでカリビアンなジョニー・デップよりも
青白くて頬骨が高くてメガネのジョニー・デップ様のほうに圧倒的に惹かれるのです。

チョコレート工場内部のディティール、チョコ職人集団ウンパ・ルンパなども
いちいち心のツボにヒットし過ぎて困ってしまうほど。

思うに、ティム・バートン世界の底力というのは
徹底してキッチュでおバカでファンタスティックな
ありえないものばかりの世界をつくっているくせに
不思議と嘘くさくないところにあるのです、きっと。

いかにも痛くて邪魔そうなウィリー・ウォンカ少年の矯正具一つ取ってみても
末端が歯茎に触る感じ、鉄の味がしそうなつけ心地、などがとても生々しく伝わってくる。
ファンタジーの中のリアリズム。すごい仕事だと思うのです。
テーマパークのような口当たりの良いデフォルメに走るのではなく
リアルすぎて興冷めしたり、鑑賞に堪えないようなものを作るのでもなく
(石鉢でゴリゴリして作った虫エキスとかをリアルに作られても困るわけで)
絶妙なところでリアルな質感とファンタジーとの折り合いをつけている。
このバランス感覚、個人的には一つの理想としたい仕事っぷりであります。見習わねば。

ちなみに私は頭の悪い子ども(と、その親)が大嫌いなので
彼らがきっちりギャフンと言わされるという設定も好感触。
映画館で観ることの喜びが凝縮された空間。
暗闇の中の至福の二時間。


はー楽しかった。



アメリカだと本物のウォンカ・チョコレートが販売されているらしいのですが
ドイツには売っていないのかしらん。探さなくては。
posted by YUKINO MATOI at 08:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

逃がすな泳げ

抵抗はあるけれど、決定的に間違っていると言うにはあまりに弱く
そもそも私の立場でそれが間違っていると断言してはいけないとも思い
いちいち訂正したり持論を述べたりはしないけれど
煮え切らず割り切れない固まりが常に胸につかえている。

慣れることはできても平気になることはできないことがいろいろあるのだ。



例えば。

相方の側にいるためだけにドイツに来たわけではないけれど
相方と逢わなかったらドイツで暮らすという選択肢にぶつかったかどうか。

お金の心配はとりあえずしなくていいから好きなように仕事をしなさい、といわれて
クリエイター女子の夢!とまで思うほど嬉しかったけれど
だからといって余分な贅肉がつくのは困る。
本当にお金のことを何も考えないと高揚感も緊張感も達成感も何もなくなるから。

納得できる仕事のやりかたを見つけるまでは子どもは欲しくないけれど
月に一回くらいは早く自分の子どもを見てみたい衝動に駆られる。

頭の中でシュミレーションするのは
もしもいつか一人になる日が来たとしても
どうにかやっていくために必要充分なもののことについて。

本気で考えなければいけないのは
この先ドイツと日本とでどうやって仕事をしていくかについて。



相方のおかげでずいぶんと楽をさせてもらって
ずいぶんと贅沢な経験もさせてもらって
気がつけば渡独して一年余りが経ちました。

自分の荷物くらい自分でかついで歩かなくてはと思っていたけれど
相手の荷物まで担げるようなの体力を身につける、くらいの覚悟がなくては
いつまでたっても自分の荷物ひとつ持てるようにならないのだわ、と
腰の据えどころがようやく決まったのが最近のこと。
長い長い休暇が終わったような気分。
これからは少しずつ回転数を上げてゆかなくては。
posted by YUKINO MATOI at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月07日

もういない

いつまでもあると思ってはいけないものは
親と金の他にもずいぶんあるらしい。

素晴らしい書き手に出会えない人生は不毛だが
素晴らしい書き手と別れなければならない人生はせつない。
別れるのが嫌で無理矢理プリントアウトしたり
手元にコピペしたりしてみても気休めくらいにしかならない。

インターネットのおかげで
外国にいても日本語の読み物には不自由しないのは
私のような人間にとって何よりの幸いなのだが
印刷されていない活字の怖いところは
いつ、それが消えてなくなるかわからないところだ。

悪いことに、この手の別れは多くの場合前兆も予告もなしにやってくる。
こんなに大好きなのに突然どうしてひどいばかばかばか、というこの苦しさは
まさに失恋以外のなにものでもないとさえ思う。



できることはただ一つ。
どんな媒体上であれ、素敵な文章に出会ったと思ったら
その瞬間に持てる情熱と集中力の全てを注いで、読むこと。

そんなことをしたって今のこの切なさが消えるわけではないのだが。
まったく、中島みゆきでも歌いたい気分。くそう。
posted by YUKINO MATOI at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

土に還る前に

装苑賞の審査員コメントで
山本耀司氏が草木染めや土染めの色について
おもしろい色が出る、と評価していたのがずっと気になっていて
これから制作するドレスの色味とも合いそうだったので
ベランダにある大きめのプランターに布を埋めてみて、現在経過観察中。

日本に帰る前にも一度、試しに白い綿布を埋めてみたのだが
一ヶ月ほど放っておいたらあっさりと朽ちてぼろぼろになってしまった。
色だけならばとても理想的な染まり具合だったのだけれど
掘り出すときのほんのわずかな引っぱりにも裂けて穴が開いてしまうほどで
これでは残念ながら使えない。
目の粗い薄手の布だったのがまずかったのか、と思い
今度は生成りのシーチング地に土をまぶして、埋めた。

なるべく濃いめに色が入るといいんだけど
どれだけの時間埋めたらどの程度染まるのかまるで見当がつかないので
布の端をちょっとだけ土から出して目印に。
あとは時々色をチェックすることと
埋めたことを忘れないようにするだけ。
posted by YUKINO MATOI at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月05日

なんだかすごいものをもらった

家で食べていたハチミツのビンがやっと空いたので
ニュージーランドで一年暮らしていたponさんからのお土産
楽しみにしていたARATAKI HONEYを晴れて開封。
折角なので気合いを入れてホットケーキを焼きました。

あさごはん

濃いめのキャラメル色のハチミツは
甘いリキュールのようなとてもいい香りがします。
ハチミツの風味はしっかりと濃いのに甘味は控えめで
普通のハチミツよりも口当たりが良くてすごく美味しい。
風邪気味の相方にハチミツレモンも作ったら、マイルドで飲みやすいと好評。

パッケージによると”MANUKA HONEY”というのが配合されているらしく
わざわざ「入ってますよ」と明記するくらいだから何か特殊なハチミツなのかと
マヌカ、で検索したらハチミツだけでなくお茶やオイルなどなどもヒット。
マヌカとはニュージーランドにあるマオリ族の薬木のことなのだそうであります。
ピロリ菌が除菌できるとか喉の腫れに効くとか、なんだかすごいハチミツみたいです。
良薬なのに苦くないどころか甘くておいしいなんて素晴らしい。



おいしいお土産をありがとうございました。
ponさん、ごちそうさまですー。
posted by YUKINO MATOI at 04:23| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月03日

いつの間にか身につけてしまったこと

丑の刻参りをするだの、老婆に姿を変えられるだの
そんな仰々しいものだけが呪いなのではない。

「大人と子供の境界は呪術ーー言葉です。
 現実を凌駕する言葉を獲得した者こそを大人と云うのです」
(京極夏彦『絡新婦の理』)


24にもなって、結婚までして
それでも実は未だに一人前の大人になった気がしないままでいたけれども
この言葉に依るならば、私はとっくの昔に大人になってしまっていたらしい。

思いが言葉になり、言葉が姿を変えて
思念で人を縛ることを呪いと呼ぶならば
私たちはみな互いに呪っているし呪われている。
誰かの幸せをただ願うような、そんな気持ちですら。
それは一つの呪いなのだ。
posted by YUKINO MATOI at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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