吉本ばななは平仮名になってからずっと読んでいなかった。
すこやかに生きるということは、自分で自分の住む世界に境界と規範を作って
美味しい食べ物や温かな眠りや大切な人との営みを繰り返し慈しみながら
大きく緩やかな世の流れに身を委ねて泳いでゆくようなもの。
ばななの物語に出てくる人たちは基本的にそのように暮らしていて
時々人とは違う能力を授かったり、道ならぬ恋に落ちたりしながら生きている。
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街の観光案内所には日本人向けに日本の書籍を置いている小さい図書コーナーがあって
ここに暮らしていた日本人が帰国の時に置いて行ったりしたものを集めた場所なので
いろいろ偏っているし読みたい本ばかりではもちろんないのだけれど
ここでそれを言うのは贅沢というものだ。活字中毒者にはあるだけでも有り難い。
久方ぶりによしもとばななの『王国 その1 アンドロメダ・ハイツ』を手にとる。
先に書いたよしもとばななの世界観は前書きでほとんど語り尽くされていて
それを揺るがすような大きな事件も異変も起こらないまま
大きな字、行間広めの134ページはあっという間に過ぎてしまう。
「なんということのない」「ちょっとゆがんだおとぎ話」であり
「神様から見ればいくつになっても幼い」「守られている女の子の生き方の物語」。
彼女と、彼女を取り巻く小さな王国の物語。
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古くて清潔な家で暮らすとか、行きつけの居酒屋のおじさんおばさんと仲良くなるとか
視力の弱い知的な占い師のアシスタントをして生活の糧を得るとか
そういう事柄で囲まれた生活はとても魅力的で静かで穏やかで、暖かい。
エルフの隠れ里のようなイメージ。限られた種族だけが住む聖域。
とても純粋で美しいけれど、純粋すぎて居心地はあまりよろしくない。
純粋さとか、人智の及ばない世の摂理とか、そういう「力」が
今までにないほど前面に出されている気がするのも
どこか宗教絡みの啓発モノのようで読み心地がよろしくない。
そういう「力」をもっとさりげなく書こうと思えば書ける人なのに。
なにより、王国での生活は、「年寄りみたい」で「出過ぎたところのない」
偏屈で退屈で、そして実はとても脆い日々の上に成り立っている。
そんなところにひきこもるのは休憩したいときだけでいいと思うのですが。
とはいえ、王国の人々が生きることにとても忠実で切実である姿を見ていると
こちらもなんとなく安心するというか、落ちつくというか
お茶でも入れて一休みしますかねぇ、なんて気になるのもまた事実。
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あ、リトマス試験紙になるんじゃないかな、この本。
読んでみても和むような気分にはなれない時には
世間の波に揉まれてもう一踏ん張りしてこいってことで。
posted by YUKINO MATOI at 20:12|
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