2005年02月27日

ロシア式治療法

ロシアでは、風邪で喉が痛いときには
ウォッカで濡らしたタオルで首を巻いて
その上からラップとタオルでさらに巻いて寝るのだそうです。

「喉が温かくなってすごくよく効くのよー」

ロシアにしばらく滞在していた友人(ドイツ人女性)の話。



なんだそのロシアの香りだだ漏れ療法は。



ちなみにドイツやアメリカのウォッカではだめで
ロシア産のアルコール度数高めのものが効くとのこと。
ロシア人の血はウォッカで出来ているに相違ないと思った日。
posted by YUKINO MATOI at 03:05| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月25日

試される冬

弟が2人とも受験を突破しつつある。

2浪目だった長弟は滑り止めを確保して北の大地で第一志望の大学を受験中。
次弟は誰もが無理だと思った地元の高専に見事合格。
受かったのは良きことなれど
受かったらバイク(原付ではなく)を買ってやると豪語していた親父の財布がやや心配。

ともあれめでたい。



ニュースを見ていたら医療特集が組まれていて
ミュンヘンにある大きな耳鼻咽喉科が紹介されていた。

難聴が治る手術があるという。

それ受けたいんですけど、保険利くかなぁ?と思ったのもつかの間
手術風景を見せられて血の気が引き、あっさり断念。
局所麻酔で耳にあんなことされたらとても平静ではいられますまい。
ああ、レーシックの手術シーン見て「無理」と思った時と一緒だ。

難聴で損してる分と手術の恐怖。とりあえずミュンヘンに引っ越したら考えよう。
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2005年02月24日

今週は時間の経つのがいやに早くて

先週末に、こっちに来てからの最初の仕事が終わって
それはそれはもう大変に喜んで頂けたので
その足で依頼者と2人、喜び勇んで買い物に出かけて
その戦利品(@のみの市)がこれ↓
戦利品ですよ
ガラクタ市ばんざい。



日曜日は読書の日。
月曜日も流れでそのまま読書の日。

東野圭吾『片想い』
江國香織『すいかの匂い』
メキシコ人の友人から借りた本2冊
マヤ1
アステカ1
上が古代マヤ、下がアステカの壁画の本。

アステカ2
アステカの象形文字はちょっと佐々木マキ風味。

RIMG0181.JPG
こちらはマヤ。実物はきっともっと猛々しくて鮮やかなのに違いない。

解説(解読)はすべてスペイン語なので私にはまるで理解不能なのですが
1枚の絵を見せられてこれがマヤの詩なのだと言われると頷かざるを得ないような
そんな呪術的な魅力が漂っていて非常に印象深いです。焚火みたいな絵。



火曜日、幸田文『台所のおと』を読んで思い出したのは2年前の秋から冬。
焼き肉屋と料亭と和食屋でそれぞれ働いてみてどこもまるで性に合わず
飲食店での仕事など二度とするまいと思ったのが一昨年の冬。
仕事が大変なのと仕事が合わないのとでは
全然苦痛の度合いが違うとしみじみ痛感したことを思い出して、へこむ。

「これはできない」
「これはあわない」
「これは手に入らない」
と知ることよりも、
「何故」それがダメなのかを知ることの方が
ずっとずっと痛くて苦しくて、悔しいのだ。
料理は今でも好きなのだけれど。



読書デーの分、水曜日にやや真面目に机に向かっていたら
あっという間に一日が終わってしまった。
一日3時間で済ませることも出来るけれど
一日8時間机に向かったからとて必要充分ということにはならないのだ。
私はずいぶんといろんなところにエネルギーを使っている。
posted by YUKINO MATOI at 19:35| Comment(2) | TrackBack(1) | 写真付き日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月19日

日本はまだ、寒いですか

春はまだ遠いようでも冬物バーゲンが終盤を迎えて街の中は一足先に春。
で、質問なんですけど紫陽花ってドイツ的には春の花なんですかね?
チューリップ、パンジー、ミモザ、その他名前のわからない花と並んで
花屋の店先に薄水色の鉢植えが並んでるのを見ると
まだ小雪が降っているというのに梅雨が来た気分になります。

山菜とか菜の花とかのおひたしが食べたいです。



生地屋の店先も春気分に染まりつつあります。
最近、よく行く店にオリエンタル・エスニック系生地コーナーが出来て
トルコの荒織りシルクや中国のシャンタンなんかがかなり出回っています。
蓮の花片みたいな色のクレープデシンが目下の最注目アイテム。

和柄のプリント生地や藍絣調のコットンも少しだけですが店に並ぶようになって
柄も色彩も日本で売られているものに比べて意外と遜色がありません。
もちろん日本にあるものよりも幾分ちゃちだし
バリエーションも望むべくも無く少ないのですが
それもまた味があってなかなか悪くないもの。
きっとこれから増えてくれるのではと思います。
先輩のお子様(もうすぐ1歳)に陣平でも縫おうか。
ああ、他所様のお子を人形にしてはいけません。



薄くて軽い服が着られるようになる日が待ち遠しいです。
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2005年02月18日

時々忘れそうになるけど

なんでわざわざ言葉の通じない国にまで来たのかとか
好きな感じの服が全然見つからない時にはああ日本で死ぬほど買い物がしたいとか
腕がもげるほどずっしり本とCDを買い込みたいとか思い始めると
時々ドイツが嫌いになりそうになるけど、やっぱり好き。
ここにいると日本にいる時よりも自分の好きなものと嫌いなものがよく判るようになるから。
posted by YUKINO MATOI at 09:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月16日

ミクシィ事情と映画の話

mixi始めてはや3ヶ月ほどで
ずっと音信のなかった先輩や友人と
既に4人、オンライン再会を果たした。

昨年の7月上旬くらいに書いた日記。


キリ番踏んだ人がわかるようにmixiを設定しておいたら
555番を踏んだのが彼女だった。
固まった。



情報網が広がったり、新しい友人知人も増えたし
右翼的な人にご訪問頂いちゃったりもして
楽しいミクシィ生活です。



『トニー滝谷』が観たい。非常に。
あらすじはいろんなところで拾い読みしたけど
気が遠くなるほどの素敵な服がわんさか出てくるそうだから
それだけでもう一も二もなく観たい。

服とはわたしを包囲して形を作るものだと基本的には思っているので
服に包囲されたらそれではわたしはどうなってしまうのだろう。

どこへでも行っていいし何をしてもいいし何を着てもいいんだよ。
何を着てもあなたには本当にぴったり、よくにあう。

わたしを囲む人全てがめしいてしまうことに似て、恐ろしいこと。
posted by YUKINO MATOI at 09:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月14日

掌にのせて

これが好きとかこういうのが好みとか言った覚えがないのに
急所にヒット、どころかハートのど真ん中、いや延髄直撃、ていうかテレパシー?
なんで好きだってわかったの?みたいな贈り物を貰うことが時々ある。
嬉しいやら恥ずかしいやらうろたえるやら、でもやっぱり心底嬉しくてシアワセです。そういう時は。

単純に私の好みがわかりやすいのかもしれませんが。
そうそう、昔から「ユキノって●組の○○君のこと好きなんじゃない?」って
いつももうバレバレで嘘つけませんでした。
秘めたる恋には向かない性格のようです。

あかり
これは結婚式の時に大学の先生から頂いたランプシェード。
金の蔓草が明かりに絡みついている風なデザイン。

ポーチ
同じく、結婚式に大学の友人から貰った。
MARY QUANTがそんなに好きなわけではないのになぜ私にこれを?と最初は思ったのだが

よくみると
ここ↑が肝。リップスティックの形なの。



金属で小さく精巧に模したものに弱いのです。



人に愛されるものを作って売って生きてゆきたいと思っているので
人の心の大切なところに響くようなものを提示することが出来たときには
なんともいえない達成感と充足感でお腹がいっぱいになります。

以前、赤坂の美術館で学芸員をされていた方が仰ることには
「作品を集めてだれかに観て頂くということは
 自分の本当に大切にしているものをそうっと掌にのせて
 相手の目の前に差し出すような行為でなければならない」と。

ものを作るということも、また、きっとそのような行為でなければならないのだ。
私のような仕事をしている人間にとっては。
posted by YUKINO MATOI at 04:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 考え事の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月12日

世迷いごと2

カタツムリは両性具有。
まぐわってお互いのDNAを交換したら
両方とも卵を生む。

むかしむかしの、若気の至りとか幼さゆえの無知とかで
男と女はきっちり平等で対等でなければ許せないと思っていた私は
なんて合理的で素晴らしい製法なんだと大いに感動しカタツムリになりたいと思った。

等価交換、という言葉を当時の私が知っていたら
迷うことなくお気に入りに追加して乱用濫用誤用しまくっていたことだろう。



きっちり平等で対等に出来ていないほうが
面倒なことも多けれど時により大変に面白い、と今は思う。
いつか子どもが産まれてカタツムリになりたがったらどうしよう。
カマキリの話をしてあげればいいかな。
posted by YUKINO MATOI at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 考え事の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世迷いごと

世の中に男の人と女の人がいることは素晴らしい、と思うこともあれば
女に生まれて良かった、婦女子バンザイと思うことも多々あるものの
時々無性に女性であることから解脱したくなる時がある。
解脱、いや、その言い草は適切じゃない。そんなものじゃない。
世の中から女性(自分も含む)など消えてしまえ、と物騒なことをたまに思う。

男の人の体にも生理が来るようにできていたらいいのに、と血迷ってみたりする。
posted by YUKINO MATOI at 08:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月09日

隙間にきっちり物が収納されていないと気持ち悪いというか

バファリンとコカ・コーラは相性が悪い。ちっとも鎮痛しない。



「良くも悪くも」と「いろんな意味で」は人や作品を評価するのに便利な言葉だ。

例)「Aさんは良くも悪くも優秀な人だから仕事の時は何々」
  「Sさんはいろんな意味で器用な人だからこの作品も云々」

誉めてもいないし貶してもいないしどちらでもあるような気がするけど
その点において何かがとにかく非凡であるような時。

手放しで喜べるほどに素晴らしく、積極的に使用を推進したい、と思うときの「便利」と
とにかく使い手がいいので多用が過ぎるとばかになるんじゃなかろうかと思う「便利」があって
この場合は多分、後者。



日本みたいに痒いところに手が届く大きさの家具があまりなく
大きすぎたり、大きさは丁度良くても収納力が半端だったりと
カタログ家具通販のように数センチ刻みで各種モジュールにサイズが対応していないので
カッターでダンボールを切って即席の引き出しにしたり
シナ板を買ってきて簡易棚を作ったりしました。
収納のバリエーションの豊富さって、きっと家が狭くて物が多い国ならでは。
本棚と天井のわずかな隙間ももれなく活用、とか
中身の増減にあわせて引き出しを足したり引いたり組み合わせたりできる、とか。
日本の家具メーカーとか、無印良品とか、偉大ですよ。素晴らしい。
posted by YUKINO MATOI at 19:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

薔薇の月曜日

謝肉祭(ファスネット)の第一日目の月曜日はRosenmontagと呼ばれます。
魔女や中世の装束やネコや道化に扮した人々が街を練り歩き
「Narri!(ばかー)」「Narro!(あほー)」と
挨拶を交わし合います。
国を挙げて公式に馬鹿騒ぎすることが許される日です。
語学学校もお休みでした。

「マリ見て」のサブタイトルみたいな。



パレードを横目にバスと路面電車を乗り継いで
どうにかこうにか引っ越しがほぼ終了しました。
新居のカーテンも縫えました。

posted by YUKINO MATOI at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月06日

途切れ目なく

頭の中で滞っていたものを整理して
日本からなるべく少しだけ、と思って持ってきたものを片付けて
補充されるものは日本語で少しとドイツ語で少しとその他。

出ていくものよりも入ってくるもののほうが少ない状態でかれこれ4ヶ月。
積載量を超えた分を片付けるにはちょうどよかった、にしても
そろそろ空気が薄くなってきた気がします。いろいろ足りません。
過呼吸になるくらいのたくさんのものに囲まれたいと時々思います。



「いま新宿にいてちょっと時間あるんだけどご飯一緒に食べませんか?」
と電話する夢を見てしばらく、放心していました。
からっぽの夜明け前の部屋で、横で相方が鼾をかいているほうが夢で
もう一度寝直したらそこは新宿の雑踏の中で
割り箸でお通しをつついているのではないかと。



一つの曲は基本的に始まりがあって終わりがあるように作られています。
例外がゲームやなんかのBGMで、終わりまで行ったら
そのまま始まりにちょうどつながりよく戻れるように作ってあります。
つまり終われないように作ってある。
「ああこの曲そろそろ終盤だな」と感じさせる要素は排除されています。

『ピアノ・レッスン』の主題であるピアノの旋律は
映画の中でもサウンドトラック収録曲の中でも
繰り返し現れては常に唐突に断ち切られます。
放っておくと赤い靴のように無理矢理切断するまで止まらず流れつづけるのです。

終わりが見えなければ始まりも見えません。
始めよう、と思って始めたわけでもないのにいつのまにか始まっていて
あとは永劫に繰り返すほかない。

どこに暮らそうと誰と暮らそうと指がなくなろうと
ピアノの音だけはどこまでも続くのです。
posted by YUKINO MATOI at 19:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月04日

熱の話をした後で本当に発熱してたらお話になりませんて

熱にうなされて、宮藤官九郎とバリ島で釣りをする夢を見る。
釣果はワニが2匹。



学校に行くのは億劫だけれど、気合いで動けないこともない。

その程度の熱がかれこれ5日ほど続いていて始末が悪いです。
語学学校は休むくせに日本に帰る先輩の見送りには行ったりとか
引っ越しは滞っているのにIllustratorと戦って仕事してみたりとか
無茶苦茶もいいところです。
週が明けても熱が引かなかったらこれは病院でしょうか、もう。



片付けの下手なマトイを尻目に
着々と荷物をパッキングしていると思われた我が相方が
実は捨てラレネーゼだったことが発覚いたしました。
先に新居に入れて開梱した箱の中から不要品がぽろぽろと。
なかなか親近感の湧くことをしてくれるじゃないの。
posted by YUKINO MATOI at 04:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月01日

久しぶりにダンスを観に行きました

引っ越しが順調に遅れています。
当初の予定だと2月1日には新居に移っているはずだったのですが
ちまちまと手運びしたり、家具を買出ししたりで往復の日々。

毎日微熱が出ています。



1月最後の日曜日はダンス『カフカ』を観てきました。
タイトル通り、カフカの『変身』をモチーフにした作品です。
振付・演出はイリーナ・パウル、音楽はマティアス・エンゲリケ。
どちらもドイツではかなり名の通った方らしく
カーテンコールでは拍手が鳴り止みませんでしたが
私はあまり興をそそられませんでした。

7人もダンサーがいるわりに舞台上の空気が全く濃くならず
前半の流れは常に緩慢で散漫。
後半にはぐっと密度が上がり、その意味ではメリハリのきいた舞台でしたが
ダンスの舞台なのに終盤のモノローグのシーンが一番印象的だったりで
「ダンス」ではなく振付のある朗読劇でも良かったのでは?とちらり。
体の使い方といい、声や表情の使い方といい
ああこの人たちはまだ余力を残しているのね、と
観客に思わせてしまうのは問題かと。

対して、音楽はなかなか素敵でした。
特に冒頭のグレゴール・ザムザが悪夢に苦しむシーンでは
耳鳴りが遠くなったり近くなったりするような「夢っぽい音」を
ピアノ一つでよく醸し出していたと思います。

しかし舞台上で衣装替えってのはそろそろ飽きたんですが。



結婚4ヶ月目の妻とその友達が観たいというのを
眠いのを我慢してエスコートしてくださった我が相方は
妻が一向に感動しないのでややご不満のご様子でした。
やや、すまんです。
posted by YUKINO MATOI at 17:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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