2014年11月02日

旅路のあとで

やりたいことを諦めずに努力を怠らないことと

高望みをせず足るを知り分をわきまえることは

両立するのかしらね

不満とはつまり、よりよくあろうとするための渇望ではないのか

これではだめだと
このままではだめだと
もっとよくなりたいと
このままここにいるのはいやだと

疲れた足でまだ背伸びをしたがる私と
座って心静かに休みたがる私

理想を諦めきれずにこだわり続けて卑屈になる私と
早々に理想を下方修正して穏やかな折り合いの付け方を探す私

せめて閉じず、固まらずに
もう少し笑っていたい
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2014年06月17日

ディケイド

10年の間に書き連ねたものを少し読み返してみました。

10年前の私が見たら、あっけにとられるような場所に今、私は立っています。
子どもを2人授かり、母になりました。
10年前よりも確実に、健康体になりました。
思えば、独り身だったとき、夫と2人だけだったときは
どれだけ自分の体を省みていなかったことか。
1週間、食事がふりかけご飯だけになっても良いからこの本を買いたい。
2時間しか寝られなくても良いから、どうしても今夜中にこれを縫い上げたい。
それが当たり前でした。
頭が痛い。貧血。胃が痛い。めまいがする。熱が出た。云々。
不摂生をしていれば当たり前です。

暮らしの優先順位が、確実に変わりました。
子どもたちとともに9時に床につき、5時に目を覚まします。
食卓を整え、汚れたものを洗い、部屋を掃除し、子どもたちの宿題を見ることが
本を読むより、仕事を仕上げるより先になりました。
ものを作る仕事は相変わらず続けていますが
並行して、ドイツに来た頃には想像もしなかった仕事を始めました。
意外と性分にあっていて、ものをつくるのと同じくらい、長く続けていけそうです。

心を揺さぶるものを求めて、いろいろなものに心を揺さぶられすぎて、ぐらぐらになって、
すきーなひとやものがおおすぎてー、みはーなされてしまいそうだー♪(椎名林檎「月に負け犬」)
だった頃に比べると、とにかくあらゆるものを吸い込みたい、網膜に焼きつけたいという渇望が
比べものにならないほど減りました。
あの頃、焦がれてやまなかったもののいくつかが、知らずそっと心を離れてゆきました。
あれも、これも!とひたすら求めていたものが減ったかわり、
求めずして偶然出会えたものが与えてくれる、深い驚きと輝きとに感謝することが増えました。

可愛がってくれた夫の祖母が逝き、他にも幾人も、大切な人を亡くしました。
幸いに両親も祖父母たちも健在ですが、彼らの老いを、そしてやがて来る死を、
意識せざるを得なくなりました。

しかしまあ、白寿までを僅かに残して逝った夫の祖母に比べれば
20代前半からここまでの10年間など、
ようやく前奏曲が終わった程度のものなのでしょう。
40代の自分から見れば、これからの10年間も、
やはり歯がゆく、情けなく、みっともなく、そして限りなく懐かしく映るのでしょう。

今日も生きます。
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2012年10月31日

長い覚書

2週間くらいtwitterが使えなくなっていて
書きたいことがだいぶ溜まってきたので
ひとまずここで覚書としてリリースします。
のちほど短く書き改めてtwitterで再リリースするかどうかはそのとき考えようかと。

なんでtwitter使えないかというと
夫と共用で我が家のメイン機にしていた
PCのバッテリーとケーブルが逝ってしまい
(バッテリーは経年劣化、ケーブルはぐんぐん引っ張って
 蔓のようにして遊んでたおさるさんたちがいましたから)
メーカーに問い合わせたら香港だか台湾だか
まあ遠方の生産元からの取り寄せになるということで
少々時間をくっています。
それでも修理代として納得できる範囲の額で
(安くはないけど、じゃあ新しいノートPC買えるじゃん、
 という額には幸運にして遠く及ばなかった)
復旧できそうなので、そこに関しては助かりました。

で我が家でネットに接続できるのが
夫のiPod Touchとタブレット、そして今この文章を打って些かの衰えを見せることもない御年8歳半のiBook G4くんだけになったという次第。寄る年波には勝てず、G4くんはもうhotmailもtwitterもできなくなりましたが、我が家の家計簿管理と音声データ管理、そしてSeesaaブログへの書き込みに関しては全然現役でいけるようで、タッチスクリーンとすこぶる相性の悪い私にそっと寄り添ってくれるようです。

我が家では2年か3年おきにものが次々壊れるという現象が起きていて、
次男がお腹にいた2年前にもやはりPCが壊れ、プリンタが壊れ、掃除機が壊れ、デジカメが壊れ、携帯が壊れ、痛い出費を迫られつつも「これは何かの厄を代わって引き受けてくれたに違いない」と自分たちに言い聞かせることで納得していました。清貧所帯の我々、新品ではなく引っ越す知人や中古ショップからリーズナブルに手に入れてきたものも多かったので、まあ元々寿命と言えばそうだったのでしょうし。
で、再びその現象が襲来しており、またしてもPC、プリンタ、ドライヤー2台、とそれぞれに修理や買い換えを迫られています。私としてはこの買い換えの波にどうかG4くんがさらわれませんようにと願うばかりです。

前書きが長くなりましたが。
以下いくつか脈絡なく書き置いてみます。



フライブルクのとある市立保育園で、保育士による児童への性的虐待が明るみに出ました。頼もしく思ったのは長男の通う保育園で、事件が新聞に載るよりも早く現場の先生方から説明があったこと、実効性のある対策と、万が一同様の事件が息子の通う園で発生したときの誠意ある対応とが約束してもらえたこと。これはちょうど保護者会の開催と事件発覚とが重なったせいもあるでしょう。そして後日、新聞に掲載されたのは「この事件は決して特殊なケースではなく、どこの園でも起こり得る、あるいは既に起こってしまっている可能性のあるケースである。これ以上傷つく子どもを増やす前に根本的な捜査と対策を行ない、既に起こっている事件を洗いだし、これから起こり得る被害を未然に防ぐ」という市と警察との断固たる姿勢でした。

無論、そうした姿勢を示すことなしには決して親も一般市民も納得しないからこそ出された声明ではあるのですが。
たまたまそれと前後して、スウェーデンとの一戦で屈辱的な味噌をつけたサッカードイツ代表のコーチ陣の一人が「我々に今必要なのは傷口に指を突っ込むことだ」と発言したのを読んでいたので、その「傷口に指を突っ込む」という表現の猛々しさと揺るぎなさに、同じものを感じたのです。揉み消すとか、隠蔽するとか、なかったことにして見過ごすとか、嵐が通り過ぎるのを待つとか、そういう消極的な対応からもっとも隔たった態度に打たれたのです。



昨日、次男が無事満2歳を迎えました。

長男はつらい。並んでいると次男の幼さが目立つ分、ならば長男にはこれくらい出来て欲しい、これくらいのことは次男にはできなくとも長男にはできるだろう、なに2歳児と同レベルでヘラヘラしてんのよ!と叱られるから。本当は長男だってまだまだちびさんで、この世の中の新人さんなのに。

次男はつらい。いつだって長男に追いつこうと必死で、みそっかすを卒業しようと背伸びして、その甲斐あって端から見れば目覚ましいスピードで大きくなっているのに、長男を物差しにして見ている限り2歳半分の差は絶対に埋まらないから、彼なりの努力、彼なりの自己主張は、いつまで経っても「足りないもの」に見えてしまう。出来ることがこんなにもあることを褒めるべきで、出来ないことを責めるにはあまりにも幼すぎるのに。



余裕がない、時間がない、体力がない、気力がないと無い無い尽くしで愚痴をこぼすよりは、嘘でもいいから、私、旦那が出張で月の半分は家にいないようなシングルマザー生活でも、もーぜんっぜんちゃんとやれてますから!大丈夫ですから!明るく前向きに母業して仕事もして、ついでに部屋の模様替えまでできちゃいますから!って言ってみたら、言霊的な作用かなんかで、ある程度まではなんとかならないかしらん、とふと思って実行してみようとしたけれど、2時間で挫折しました。

秋は繁忙期。すっかり父親の不在に慣れてしまった子どもたちはもとより、私ですらたまに夫と朝食を取っていると「……この人ってなんで家にいるんだっけ?」という錯覚に陥りかねないほど、夫が家を空けることが日常化している今日この頃です。



子育てのつらさの主なものを挙げるなら、私にとってそれは「自分自身の行動が制限されるつらさ」と「終わりの見えない努力をしなくてはならないつらさ」の2つで。特に後者。どれほどの手間と根気が必要なのか検討もつかないまま、同じことをひたすらひたすら、声を荒げず、穏やかに平静に繰り返せるはずもなく、時には何もかもを放棄したい気分になることも決して珍しくありません。というかどちらかというとそちらの投げやりな気分の方が常態化しかねない勢い。息子だから、我が子だから、責任があるから、可愛いからとどうにか一緒に暮らしていますが、これが恋人だったら確実に別れています。つきあいきれんよ、もう。

でもね、昨日一つ気づいたことがあるんです。
誰からもおしゃべりが上手で、口の聞き方が大人っぽくて、物知りで、と褒められる長男だけど、ああこいつの頭の中に入っているものって、正確にはまだ「知識」でも「経験」でも「概念」でも、まだその超初期段階の種みたいなものなんだ、と。

だって、トイレで用足して「手はちゃんとあらったよー」ってわざわざ言いながら、手は洗わずにすたすた出てきたんですよ(ドア全開で用を足すので全部丸見え)。

へたりこみそうになるのと同時に(そして『洗ってないでしょうが』と長男を連れ戻しながら)思い出したんです。何歳頃だったか、数を覚え始めたそのごくごく最初期に「いちにさんしごろくしちはちきゅうじゅう」と日本語でもドイツ語でも1から20あたりまで言えるようになった長男が、「じゃあ5のつぎは?」と聞かれても全く答えられなかったこと。林檎がそこに4つあっても、それを「4」だとは認識できていなかったこと。彼が最初の「数」としてとらえたものは「いちにさんしごろくしちはちきゅうじゅう」という音の連なりで、そこには順番だとか数量だとかいう概念は含まれていなかった。物の数量を数えられるようになって、自分が口にのぼせる言葉としての「さん」と、3つあるものとが正確にリンクするまでにはもう少し時間がかかりました。

ああ、そうか。「手をちゃんと洗う」という文章、あるいはトイレの後は手を洗うべきだという感覚と、自分の実際の感覚とが、まだちゃんとリンクしていないのか。この人は。
「食事のときは肘をつかないで」という言葉と、肘をつかずに食事するという行為とが。
「お店の中では走らないで」という言葉と、走らないで大人の側について歩く行為とが。
「ちょっと待ってて」という言葉と、じっと静かに待って何もせずにいられるという行為とが。

それで具体的な問題がちょっと解決するわけではないので、相変わらず口を酸っぱくして同じことを繰り返し繰り返しガミガミと叱っていくのは変わらないのですが、「言っても言ってもこいつ全然通じてねーし学んでねーし」と思うのではなく「通じてはいる(おそらく)、学んでいないわけではない(きっと)、ただその実際の行動がまだ身体化されて習得されていないだけなのだ」と思うことで、少しだけ気が軽くなったのでした。

しかし、いわゆる頭でっかちというのとも違うのだろうけど、うちの兄弟のように口から先に生まれてきたような人たちは、口にしていることと実際に行動として表に出てくること、言っていることと考えていること、獲得した言葉とその言葉の持つ本質的な意味、との隔たりは一層大きく感じられるのではあるまいか。まあそんなの大人になったらちゃんと100%シンクロするのかっていったら全然そんなことないっていうかむしろその真逆なんですけどね。
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2012年09月12日

東野圭吾『聖女の救済』

東野圭吾で1冊ベストを挙げるなら『悪意』だとずっと思っている。
タイトルに掲げられた、人の「悪意」というもの。
人が人を憎む気持ちのどうしようもなさ。
名状しようのない曖昧な理由で、ごくごく些細なきっかけで、
人は人を簡単に憎むことができる。殺したいと思うほどに。

どれだけ憎んでも憎みきれない、呪い殺したいとさえ思う感情に
ほんのちっぽけな出来事で光が刺すこともあれば
どんなに暖かい場所へ手招きされても、どれほどの幸福に包まれていても
心の一点に凍りついた真っ黒な塊を抱き続けることもできる。

憎しみを別の形に昇華させるのにはエネルギーが要る。
赦すにせよ、忘れるにせよ、諦めるにせよ。
そして世の中には、その憎しみをそのままの形で凝らせ続けることに
寸分のぶれもなくエネルギーを注げる人間もいるのだ、間違いなく。

『聖女の救済』は、人の底知れない気持ち悪さと
その底知れなさが自分とは決して無縁ではないこととを
まざまざと思い出させてくれる『悪意』以来の1本だった。
綾音のようには生きられないし生きたいとは思わないが、
封をしてそ知らぬ顔で墓場まで持っていかねばならぬものの一つや二つは
誰にでもあるものだろう。
そこに刻まれたものを風化させることも癒すことも叶わずに
ただただ触れぬように、見えぬように、厳重にほどこしたつもりの封印。
その封を、他人に、開けられぬまでも、そっと撫でられた。
ここにフタがしてありますねえ、上手に隠してありますねえ、と耳元で囁かれた。
そんな気がしたのだった。
囁き声の主に、笑顔で返す。
ええ、うまく隠しておけるか、どうかまだわかりませんけど。
このまま後生大事にそうっと抱えて持っていくつもりですから、と。

posted by YUKINO MATOI at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月21日

一人歩く

ドイツに戻ってきています。



高校時代の友人に、本帰国を決意した旨を伝えると
それならこの夏休み中に一度遊びに行きたいとのこと。
私たちが帰省から帰る日程と彼女の休みがうまく重なったので
同じ飛行機で成田からフランクフルトに降り立ちました。

高校2年生の1年間だけ同じクラスだった彼女とは
実はその間一緒になにかをしたり、特別仲が良かったりしたわけではなくて
数人の共通の友人のほかには共有できる思い出らしきものも殆どなくて
どうして高校卒業後に連絡を取り合うようになったのかもよく覚えていないくらい。
それなのにこうして遠路はるばる訪ねてきてくれて
呆れるほど話題が尽きず、昼も夜も気兼ねなく一緒にいられるのを本当に不思議に思った。

彼女との会話で、大切なことから些細なことまで、
具体的な出来事から言葉にならないぼんやりとした雰囲気まで、
忘れていたことをたくさん、たくさん思い出した。

再び機上の人となる彼女を見送っての、子どもを夫に預けた往復4時間の電車の旅。
ああ、私はかつてこうやって一人で出かけていたのだ、ということが、まじまじと蘇る。
用は済んだのに、なんとはなしに道草をしてうろついた夕暮れの街。
自分の足の赴くままに見知らぬ街を歩いた日。
一人で見上げた空。誰も写っていない写真。

彼女と過ごせたことで
自分がかつて立っていた場所を
自分が今立っている場所へ繋がる道を
私はとても鮮やかな景色として焼き付けることができた。
思えば私が初めてドイツの地を踏んだのも、暑い暑い8月のことでした。

ただただ彼女に感謝しています。
9年前と同じ、暑い暑い8月に
彼女とともに、あるいは一人で、この場所に立てたことに感謝しています。
posted by YUKINO MATOI at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月25日

帰路

日本に帰ってきています。
東京の家を引き払って一度実家に戻り、
そこからスーツケース1つと段ボール1つでドイツに向かった夏から
今年で8年が経とうとしています。

幸せだった。夢のように幸せな8年間だったと思います。
愛する者と愛する物に囲まれた暮らし。
そしてその日々は今も続いています。
フランクフルトからフライブルクへと向かう車窓の景色。
どれだけ眺めていても飽きることのない、心がほどけてゆく風景。
その風景の中に身を置いて夫と子どもたちと暮らし、
自分の仕事を続けてこられたことがどれほどの幸運だったか。

成田エクスプレスからの景色を見ながら、
ではこの日本の風景の中に身を置いて暮らすことは幸せなのだろうか、と考えました。
この景色の中で流れる時間はどのような色彩を帯びるのだろうか。
それは自分にとってどういう価値を持つ暮らしになるのだろうか。
この景色を愛せるように、幸せだと言えるように、私は何ができるだろうか。
今のある幸せの形を変えてまで新たな場所で始まる暮らしは幸せなんだろうか。
ってか幸せな暮らしってなんですか?何があれば幸せですか?
灰色の街と街が途切れ目なく連なる首都圏の風景ではなく
むせかえるような緑の郷里の風景を見ながら考えてみようと思いましたが
あいにくそこは2階建ての1階席で、道中ほとんど防音壁しか見えませんでした。

ドイツでの日々は、一方で、いろいろなものを棚上げにしてきた日々でした。
日本に戻ってくるたび、そのことに改めて気づかされます。
「今はドイツでがんばる」
「でも、いつかは日本に帰る」
という立ち位置のまま
日本にもドイツにも本当の意味では根を下ろさないままで
自分たちの選び取った暮らしに没頭することを許された日々でした。

幸せで楽しい暮らし。
だけど、いつまでも続けてゆけるかどうかわからない暮らし。
1年後も2年後も5年後も同じようにここで起居して笑えているかもしれない。
でもそうでないかもしれない。
確かなようでいて、先のことは何もわからなくて。
そのことに時々どうしようもない苦しさと不安と心もとなさを覚えました。
どうにかなるよ、大丈夫だよと笑うことのできない日もありました。
ドイツに永住する覚悟も、日本へ足を踏み出すきっかけもないまま、
長く住めば住んだ分だけドイツという場所への愛着だけがますますつのり、
逆に日本がどんどん遠い国になってゆくのは、怖かった。
日本の電車の窓から見える景色と、
ドイツのそれとを比べてため息をついている自分を、
どうしたらいいのかわからなかった。

「いつか日本に戻ってきたら使う」という名目で
ずっとずっと実家に眠っている本や食器や雑貨たち。
それは、たかがもの、かもしれません。
でも、いわゆる断捨離というものは
少なくとも私にとっては自分に課した課題の取捨選択なのだと
今日、母方の祖父宅の蔵の中でほこりまみれになって、
段ボールの山と格闘しながら思いました。
この本を読みたい。この本の指し示す先へ行ってみたい。
この本を読んで、もっと考えたいことがある。
この本を読んで、もっと作ってみたいものがある。
少なくとも、これが私にはまだ必要だと思って箱に詰め封をした8年前の私は
その一つ一つを「いつかやるべきものごと」「自分には必要なものごと」として
咀嚼し、消化し、自分の骨肉と成すべき対象だと見做していたはずなのです。

(にしてもお前いったいどういう了見で買い物をしていたのかと
 当時の自分の胸ぐらをつかんで問い質したいですが。
 分量にしても購入金額にしてもほんとうに恐ろしいよ、ああ)

日本に足を向ける時期が来たのだと思います。
きっと、今度こそ、本当に。
この国で行ってみたい場所があるのです。
たどり着きたい世界があるのです。
棚上げにしていたものを一つ一つ手に取って、もう一度見てみたい。
この国で、もう一度暮らしてみたいのです。

帰ろう。初めて来たときは1人だった国。
4人になって、手を繋いで帰ろう。

posted by YUKINO MATOI at 01:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月27日

佐藤文香『軍事組織とジェンダー 自衛隊の女性たち』

お久しぶりです。久しぶりに纏ユキノになってメモしておきたいことがあったので戻ってきました。

http://www.keio-up.co.jp/gender/index.html
お値段も中身もずっしりの本ですが、気になった本。

軍隊への男女共同参画は、究極の男女平等のゴールなのか?
イラクのアメリカ軍女性兵士に目を奪われているあいだに、日本の自衛隊にも女性自衛官が着々と増えつつある。女も男並みに戦場へ・・・は、もはや悪夢でなく、現実だ。
フェミニズム最大のタブーに挑戦する本格派社会学者の登場。


という上野千鶴子氏の帯がついています。

本書には収録されていないweb限定の著者解説「『G.I.ジェーン』とフェミニズムの間で」
http://www.keio-up.co.jp/gender/kaisetu.html
G.I.ジェーン。この映画を観たときに少なからぬ違和感と衝撃を感じ、生涯忘れえぬ映画の1本に数えている私としては、この解説を読んだだけで「これは手に取らなくてはいけない本だ」という勝手な宿命めいた兆しがちりちりとこめかみのあたりを焦がすのです。

解説内で触れられているシンシア・エンロー『策略 女性を軍事化する国際政治』(佐藤文香訳、上野千鶴子監訳』も読みたいな。

 
posted by YUKINO MATOI at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月30日

人の手

子どもを育てながら少しずつ形になっていた想いですが、子どもたちには「人が手をかけるということ」にきちんと思いを巡らせられる人、想像力を働かせられる人になってほしい、ここ何日かでそう切実に思いました。人の住まない地、広大な砂漠、切り立った岸壁、深い海の底、そんな場所でもない限り、およそ私たちの暮らす場所、日常生活の範囲内で見るもの触れるものはほぼ全て、誰かが手をかけてその形にしたものばかりです。八十八の手を経て口に入るのはなにも米だけではない。きみたちの服は、絵本は、靴は、きみたちの暮らす街は、血の通った人々の一つ一つの作業を経てここにある。それが安手のコップ1つであれ、上等のグラスであれ、みな等しく。露地栽培のオーガニックのトマトであろうと土の匂いも日の光も知らない工場育ちトマトであろうと、多くの人の手を経てきたという点では全く等価である。ものだけではない。人だって人が育てるのだもの。きみたちもきみたちの家族も友人も通りすがりの人も。きみたちの食べるパンを店で包んで売ってくれた人、パンを焼いた人、パンにする麦を育て製粉しパン工場に運んでくれた人、その全てに関わる人が人によって育まれているという気の遠くなるような広く深いつながり。

人知を越えたものに対する畏敬の念とは別に、誰かがどこかでしてくれた仕事に繭のようにくるまれて生きているのだということを心のどこかに刻みつけて生きてほしい。心からそう願っています。



というのは昨日今日思いついた話ではないのですが、たまたま最近話をした人に「服ってどうやって作るんですか?」と聞かれて、話しているとどうもそれは「パターンから自分で引いてるんですか?」「布はどこで見つけてくるんですか?」というレベルの話ではなく、その人にとっては服は服として元素のように「はじめからそこに在る」もので、シャツ一つとってみても誰かが綿花を育て収穫し糸を紡ぎ布を織り出来上がった布にデザインを描き型紙を引き裁ち縫った成果としてそこにあるものなんだ、ということをこれっぽーーーーーっちも考えたことのない人なんだなあという、なんともがっくりする会話を交わしたことで、あああああうちの子たちがこんな大人になったら嫌だなあああああと強く強く思った、というのが大きな動機です。
posted by YUKINO MATOI at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月25日

皐月の終わりに

江國香織の本数冊を読み返す。

大人になる、ということを、自分だけではいかんともしがたい現実を飲み込み、折り合いをつけて生きていく(という決意をする)こと、ないしはその現実を見据えてそれでもなおそこへ切り込んでゆこうとすること、だと定義するのならば、江國香織の物語に出てくる人たちはどこまでいっても、20代でも30代でも、結婚して子どもを産んで彼らが高校生大学生になる歳になってすら、ずっとずっと子どものままだ。いかんともしがたい現実の固まりの前に、戸惑い、途方にくれ、困惑し、もてあましている。蚊の多いどくだみの匂いの縁側でアイスをなめながら足をぶらぶらさせていた、幼い頃の長い長い夏休みの困惑をそのままに。

懐かしむ、という行為は自分が当事者ではなくなった地点からでなくてはできない。
いつまでも大人になりきれていない気がしていたのに、彼らの側から見れば、私はとっくに「向こう側の人間」たりえるほど、逞しくもずるくも分別くさくもなっていたことを思い知って本を閉じ、物置に運ぶ。

posted by YUKINO MATOI at 14:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月17日

追記

先ほどの記事の出典です。
http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/
posted by YUKINO MATOI at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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